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覚めない夢

 2012-04-19
先頃マスコミを賑わせていた「自称霊能師」による有名芸能人の洗脳騒動の影響だと思うが、ここ最近のスピリチュアル系ブログには、プロフィールに「○○スピリチュアルスクール○期卒業」「△△スピリチュアルインストラクター資格所持」等の肩書きを羅列しているものがやたら増えている。2~3個などはざらで、多いところなど10個近くある。本人達はそれで「信用」をアピールしているつもりなのだろうが、正直、胡散臭さに変わりはない。

数年前に大ブレークしたオーラ番組をきっかけに、「スピリチュアルという名のオカルト教」が大流行の今、その手の関連サロンが乱立している。去年の時点でその数およそ200万件。現在はもっと増えている可能性がある。ネット検索すれば、出るわ出るわ・・・その全部が、「うちは本物です!」を謳っているのだ。そして、「鑑定」と銘打ったものを行っているその大半が、スピリチュアル業界関連スクールの卒業生なのだ。

得てしてそういったスピリチュアル業界関連スクールは、主催者側が、いわゆる「箔」をつける為に、「スクール」「協会」と名付けて設立したものだ。そういう名目で組織化したほうが、「肩書き」に弱いこの国の人達には受けがいいし、なにかと好都合。「○○スクール」「○○協会」という名称がつくだけで信用度も上がる。欧米等海外から進出してきたものも多い。組織化されているというだけで、「なんかちゃんとしたところっぽいから」それだけで、人は気軽に門をくぐっていくのだ。

だが、その信憑性も「自称 本物」の自己申告に過ぎない。大体、その主催者の「霊感」「霊能力」とやらが「本物」だという確証はどこにあるのかと。スクールや協会を主宰しているからといって、その人が「本物」というわけではないし、「本物」だからそれらを設立できるというものではないのだ。

結局は、すべて「自己申告」の領域だということ。つまり、当の本人が「そうだ」と言えば、そうなるのだ。真贋認定組織が存在しないのだから、いくらでも好きなように言える。「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」主催者の能力の信憑性は曖昧だ。ゴールドやプラチナの純度のように、「完全」というものがない。「不純物」が混入している可能性が常に存在する。それも必ず50%以上の確率で。

その上、不可視の領域だ。何だかんだと結局そのまま本人の言い分を受け入れるしかない。「自己申告」でどうとでもなるいい加減な世界。そんな胡散臭さ満点の、真贋の明確な基準さえない業界やそこで言われていることを素直に信じろと言うほうが無理なのだ。


「見えない世界」「見えない存在」を感じ取る力というのは、どんな人にも多少なりとも備わっていると思う。だがそれは、神仏や霊に感応する不思議で特殊な能力というよりは、むしろ「本能」だと思う。太古から受け継がれてきた遺伝子の中に組み込まれているもの。それは人間だけでなく、犬や猫等その他の動物全般に備わっているのではないだろうか。

犬や猫の様子を見ていて、「何か見えてるんだろうな。感じてるんだろうな」と思うことは多々ある。突然誰もいない空間に向かってしっぽを振って甘えた声を出したり、何かにじゃれつくような仕草をして、まるで何かや誰かと遊んでいるようにしか思えない様子の時もある。もしくは、体中の毛を逆立てて、低く唸りながら一点を凝視していたりとか。動物達からしてみれば、単なる「反射」「反応」でしかないのだ。だが人間は、それを「霊感」「霊能力」とわざわざ名付け、もてはやす。

文明が発展するより以前の時代―いわゆる「原始人」と呼ばれていた時代、多分それはごく当たり前の「普通」のことだったはずだ。電気もない、暗闇が支配する夜などは特に、自分の生命を脅かすある種の「異物」―敵や危険な野生動物の気配に敏感でいなければならなかった時代に、人類が生きる上で必要不可欠な感覚だったのだ。太古に比べ、生命の危険に晒される確率も段違いに減った現代、人間のそういった能力は、かなり弱体化しているはずだ。だが、決してゼロになったわけではない。

人間以外の動物には「当たり前」のその力に「霊能力」「霊感」と勿体をつけ、それを「強い」だの「すごい」だのと騒ぎ立てるのは、くだらない「選民意識」の表れだ。「霊感は誰にでもある」と言うのなら、どうしてわざわざそういった霊能力開発スクールの類に入っていくのかと。「目的」は何よ?と。守護霊だの先祖霊だの天使だののメッセージを伝えて何をしたいんですか?なのだ。

彼らは「お役目」という言葉を何かと持ち出すが、言動を観ていると、何だかんだ言って「自分のため」なんじゃないですか?という感じ。「お役目」という謙虚な響きを持つ言葉で巧みにコーティングされてはいるが、自分の利益だけ、それ以外の「損」「害」になるものに対しては、徹底的に見ないふり、存在しないふりをしているのだから。

それを自分の責任として課せられた務め、「役目」であるというのなら、自分にとって不本意なものでさえも、すべて引き受ける覚悟を持つべきなのだ。それができないのなら、「お役目」という言葉を軽々しく使うな、と。結局彼らにとっての「お役目」とは、「自分にとって都合のいいことだけ」を指すのだ。そこに「信念」などはない。根本にあるのは「見栄」だ。

ナントカスクールに通って磨いたとかいう「霊感」「霊能力」とやらも、そこで何かを憑けられた結果アップしたものだったり、単に「その気になっちゃった」だけかもしれないではないか。本人達は、「霊感や霊能力は誰にでもある。自分達には最初からその力があった。後付けされたり気のせいの類ではない」と主張するが、それは「さぁーどーだかねー」なのだ。

彼らの大半が心酔しているオーラ教教祖でさえ、「憑いている人の影響で、数日間天丼ばかり食べてましてね~」とのたまうくらいだ。「信者」にだって同様のことは十分起こり得る。むしろその可能性は教祖以上かと。「自分は違う」「自分は大丈夫」何をもってそう言い切れるのか。だったら根拠を示してくれよ、なのだ。

本当に、そういった能力―特に強いものを備えている人は、既に子供の頃から「予兆」や「自覚」があるものだ。誰かに指摘されて初めて気づいたり驚いたりということは、まずない。「あることが当たり前」なので、むしろ世間の大半の人が自分と違うことを知った時に愕然とする。「驚くポイント」からして違うのだ。

その能力が、如何に面倒でややこしいものであるかを身をもって知っているので、「磨く」だの「開発」だのということには積極的でない。むしろ、周囲に隠していることのほうが多い。「紹介制」等ごく限られた人を対象にすることはあっても、宣伝は一切せず、「知る人ぞ知る副業」として行っているケースが圧倒的に多い。その能力を利用した「商売」を大々的に、自ら進んで積極的に行おうとする人はほんの一握りだ。

「オカルト好き」がその世界に憧れるのは、その「過酷さ」を知らないが故だ。想像を超えた「舞台裏」の実情を実際に体験したことがないから。スクールやらセミナーに嬉々として通っているうちが花。

その人達には、その手のスクールやセミナーは、どちらかと言えば、「回避すべき対象」なのだ。「最近そういうの増えてるんだってね。なんでわざわざそんな面倒くさいことをしたがるのか理解できない。本気で『あっちの世界』に関わりたいのかな。実際は大変なのにね~止めといたほうがいいよ」一様に口を揃える。自分にないものを求める―それが世の常だ。


「スピリチュアル関連スクールやセミナーを受講して以来、霊能力が格段に上がった」という場合等は特に、「集団ヒステリー」の可能性を捨てられない。むしろ、大半の受講者達がその状態あったのではないかと。そうでなければ、「本来どんな人にも霊能力は云々」という部分を差し引いても、今のスピ系サロンの乱立の説明がつかないのだ。そういったスクールの卒業生がこぞってプロ開業し、その数数百万件とか。現在の日本の人口比からすると尋常ではない数だ。

「集団ヒステリー」とは、その集団を構成しているメンバーの一人の感情や思考が、その他のメンバー達に伝染・伝播し、グループ全体に精神的な興奮や恍惚状態等の症状が生ずることをいう。端的に言えば、その場にいたすべての人間が同時に、「今それが目の前で起こった」という確信(思い込み)に陥る群集心理だ。「集団催眠による暗示」と言ってもいい。

この状態は、国や地域、文化の違い、時代等は関係なく、全世界で頻繁に発生している。古くは中世のヨーロッパ、江戸時代の日本でも確認されている。あくまで個人の見解だが、バリ島の「ケチャ」、日本各地に存在する「都市伝説」もそれに相当するのではないかと思う。群集心理―集団状態に置かれた人間の心的状態は、想像以上に特殊なのだ。暗示にかかりやすく、衝動的な言動を取る傾向が強い。

集団ヒステリーが発生する背景には、社会的・心理的なストレスや不安があると言われている。だが、「ストレス」と言っても、決してネガティブなものだけを指すわけではない。喜びや楽しみ、わくわくやドキドキといった期待感や興奮も「ストレス」に含まれる。

スピリチュアル系スクールやセミナーを受講する人達の精神状態は、まさにこの状態そのものなのだ。人生や自分に対しての不安や恐れ、「見えない世界」に対する期待や興奮―最初から下地は整っている。加えて、そういったものに目が向く時というのは、大抵自信や確信を失っている時だ。似たような精神状態にある人間が、そこに複数、かなりの数居合わせるのだ。共感や同調も生まれる。そして、それが更なる効果を生む。

そこに権威的な存在、霊能力者を自称する自信に溢れたように見える講師が現れれば、それは一気に起こる。心理的な状態も手伝って、暗示が受け入れやすくなる。根拠や論理といったものを全部すっ飛ばして、疑うことも考えることもせず、無条件に講師の言葉・思考・指示を受け入れ、信じ、それを実行する。自分以外の人間もすべて同じ状態―それが確信(思い込み)を生む。「これは本当のことだ」と。

「あなたには強い霊感がある」講師に言われれば、言われたほうはその気になる。その言葉は、その瞬間から「事実」になるのだ。驚きこそあれ、然程強い疑問も抱かずにそれを受け入れるのは、完全な暗示状態にあるから。洗脳された人間によく見られる特徴だ。漠然と意識の底にある選民思想もそれに拍車をかける。

そうこうしているうちに、あちこちで「同調」が起き始める。講師は言う。「それは皆さんが覚醒したからです」かくして集団ヒステリー状態に陥ったその団体は、「覚醒した高い波動を持った魂の集団(自称)」となり、「世間の人達より早く覚醒した自分は『お役目』を果たさねば!」と次々とプロデビューしていく。スピ系サロン乱立の実情はそんなところだろう。

所詮「自称」の世界。スクールの主催者である「師匠」に認定されたからといって、それが「本物」の証であるとは言えない。その師匠自体、「本物」であるという証拠はないのだから。その人が心理学やら何かを齧った経歴があるなら、疑いはますます大きくなる。霊感などなくても、心理学やそれに付随する知識やテクニックを利用すれば、心理操作は可能だ。そういった世界のものに興味を持ったとしても、話半分で聞いておくのが丁度いい。真贋の確率は、最低でも50%必ずあるのだから。

「覚醒」の正体は、案外人為的に仕掛けられたものだったりする可能性もある。何よりも、批判を「いじめ」「攻撃」呼ばわりし、頑なに排除しようとするスピリチュアル狂信者のその様子は、「集団ヒステリー状態にある人の典型的な特徴」なのだ。その集団の中にいる時間が長ければ長いほど、その効果は持続する。

常に「同胞」だけで群れるのは、彼らが夢から覚めることを望んでいないから。そこにい続けることを自ら選択しているのだ。「夢」は、彼らが望む間続くのだ。

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カテゴリ :はい論破!スピリチュアルと自己啓発の矛盾とからくり トラックバック(-) コメント(-)
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