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熱帯魚の強がり

 2011-04-25
スピリチュアルおたくにとっての「勲章」の一つに、「テレビを見ない」というものがある。「テレビ見ない率」と「おたく度」は、ほぼ比例する。おたく度が最高レベルにまで達すると、家にテレビすら置かなくなるようだ。べつに他人がテレビを見ようが見まいがどーでもいい話なのだが、いちいち周囲に対して、得意げにその「理由」を語るのが面倒くさい。

「テレビ見ない派」のスピおた曰く、「悲惨なニュース等は強いマイナスエネルギーを発しているので、自分の霊的エネルギーに悪い影響を与える」要は、自分がどれだけそういうものに対して「敏感な体質」なのかということを言いたいようだ。「反応の度合い=霊的レベル」と思い込んでいる彼らにとって、それは「自慢」なのだ。

「敏感」を別の言葉に置き換えれば、「ひ弱」「脆弱」になる。水温をしっかり管理しないと生きていけない熱帯魚や清流にしか住めない魚を連想させる。だが、実際のところは、マイナスエネルギーが至る所で飛び交うこの現実社会では生きていけない人達なのだ。現実に対する耐性が欠如した人種だということ。

打たれ弱いひ弱な熱帯魚である彼らは、水温もまちまち、時に汚水が流れ込んで澱んだり、様々な危険に晒される可能性の高い「俗世」という河では生きていけない。愛や光や肯定しか存在しない世界、一切のリスクを排除した安全な環境である精神世界でしか生息できない魚―それがスピリチュアルおたく達なのだ。

熱帯魚達は、事あるごとに言う。「現世の古いやり方や考え方から卒業しましょう」だが、それは「卒業」ではなく、「逃避」なのだ。垢や汚れにまみれた、時に過酷な現実社会では生きていけない弱さゆえの言葉。「悲惨なニュースが発するマイナスエネルギー」とやらに耐えられない自分達の脆さを隠すためのものなのだ。

大抵の場合、彼らは、俗世を「苦界」と感じている。事あるごとに「修行」や「苦行」という言葉を持ち出すのはその表れだ。俗世と繋がる道具であるテレビは、自分達の生態系を破壊する危険性のある代物なのだ。自分が見たいと思うものしか見たくない―そんな彼らにとって、いつ何時「見たくないもの」が送られてくるかわからないテレビは、有害でしかないのだ。

彼らは自慢げに言うが、エネルギー云々という理由で日常からテレビを意識的に排除するということは、「俗世を捨てた」「俗世から逃げた」ということでもある。心を乱すものはすべてシャットアウトして、「都合のいいもの」しか存在しない自分の世界を必死に守ろうとしているだけだ。その正体は、高い霊的エネルギーを持つ覚醒者などではなく、世の中を見捨てて、山野にひっそりと隠れ住む隠遁者、世捨て人なのだ。

プロの業界人だろうが、ただのおたくだろうが、精神世界に関わる人間こそ、現実社会というものを知らなければならない。精神世界に関しては雄弁多弁、だが現実世界ではグダグダ―そんな「地に足が着いてない人」が多過ぎる。高尚と下世話―両面を知らなければ、真理など語れるわけがない。少なくとも、現実逃避している状態で語られるそれは、彼らが言うところの「真理」とは程遠い。

テレビのニュースから発せられるマイナスエネルギーに干渉される霊的エネルギーなど、もともと大したものではない。完璧に水温管理された水槽にしか住めないひ弱な熱帯魚の詭弁なのだ。

テレビ(現実)を拒絶して手に入れたユートピアなど、所詮は砂上の楼閣だ。自己満足の域でしかない。時に「悪食(あくじき)」とも称される雑食性の魚―コイのように、何でも食べてみなければ、真実も全体も知ることはできない。甘やかされて飼育された熱帯魚の知るそれは、自分達で作り上げた幻なのだ。




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