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まやかし

 2011-03-09
説明や証明のプロセスを経ず、一瞬で物事の真相を感じ知ること―それを「直感」と呼ぶ。それが狂う時、そこには必ず何らかの「感情」が絡んでいる。中でも、最も「ハズレ」を生じさせる感情は「期待」だ。「そうなればいい」「そうなってほしい」それが実現する瞬間の訪れを望み、待ちわびている状態にある時、直感は外れる。

直感を確実に捉える時に必要なのは、「冷静さ」だ。「冷徹な観察眼」という言葉に置き換えてもいい。一切の感情を抜き去った、ある意味「冷酷」とも言えるくらいの冷めた目で、人や物事を捉えるのだ。時に自分自身さえも、「他人の目」で観察する―それを出来る者が、「当たる直感」をキャッチする。

例えば、「運命の人」「ソウルメイト」との出会いを切望している人というのは、そのタイミングで出会う人すべてがその対象のように思え、混乱状態に陥ったりする。相手の中に、「運命の人」「ソウルメイト」の要素を必死で見つけ出そうとし、あれこれこじつけた挙げ句、無理矢理「本物」に仕立て上げ、「この人こそが本物!」と自分を納得させようとする。「ハズレの直感」がやって来る時の状態は、それとまったく同じなのだ。

憧れや期待、執着がベースにあるうちは、たまたま偶然そこにあった取るに足らないものでさえ、「本物」に思えてくる。だが、それは自分自身の感情が見せている「幻影」なのだ。今までの経験や環境によって裏打ちされ、磨かれたセンサーが、感情によって狂わされる。

巷の「直感力を高めるためのセミナー」などというものに目が向いているうちは、本当の直感力は身につかない。そういったものに反応すること自体、既に「期待」が勝っている証拠。「高い直感力」というものに憧れ、それを手に入れることに執着している中で得た「直感力」とやらは、いわば「まやかし」なのだ。

優秀な経営者が次々に新規事業を開拓・展開し、成功に導いていけるのは、直感云々というよりも、むしろ「冷静さ」と「観察力」の賜物なのだ。それによって、その時代の風潮や傾向―「時流」を読めるから。

直感力は、必ずしも人格や感性と比例するとは限らない。いくら訓練を積もうが、感性を磨こうが、期待や執着等、「感情」に支配されている状態では、すべてが「当たり」「正解」に思えてくる。むしろ「直感力を高める訓練」など不要なのだ。

一切の感情を抜き去り、冷静に観ること―直感を受け取る時に必要なのはそれだけだ。文字通り、感情に左右される要素の強い「直感」よりも、理性で物事の本質を見極める「直観」を養うことこそが必要なのだ。

「本物の答え」は、すべてを削ぎ落としたミニマムな状態になった時に訪れる。感情が見せる幻影、まやかしの姿に惑わされてはいけないのだ。




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