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ミニマム

 2011-03-04
「決断」とはどういうことか?それは、「きっぱりと決めること」だ。「たった一つの答え」を選び取ること。「白黒をつけること」と言い換えてもいい。言うなればそれは、二つに一つ、「極端な二択」を行うことだ。選択の最終段階―それが「決断する」ということなのだ。

決断をする時、そこに「曖昧さ」は存在しない。「数年以内にトライする」「もっと後になって挑戦するかもしれないが、今の時点では行動を起こさない」そういった「どちらでもない」「中間」「グレー」の答えを選択することは、「決断」ではなく、単なる「保留」だ。「断定」を避けているだけ。

白か黒か、正か邪か、理か非か―どちらか一つを選び取るということが、「決断」の本来の意味なのだ。


「決断力がない人」というのは、「現在考える必要のないこと」まで考えようとする。自信の有無にはじまり、将来の可能性、果ては精神状態の安定まで心配したり。情報やデータ集めにこだわる人も多い。「今考える必要がないこと」「今考えても答えが出ないこと」について考え、答えを出そうとする。その挙げ句、結局何も決められずに「保留」となる。

そこで必要なのは、「今どうするのか?」ということだけなのだ。まだ何も始まってもいないのに、その後についてあれこれ気に病んでも仕方ない。その時々の状況や条件によっても展開はいろいろ変わってくる。この先何が起こるのか、それは誰にもわからない。考えても仕方のないことだ。「それを考える時」が来たら、考えたらいいのだ。

決断力を鈍らせているのはそこなのだ。考えることが多ければ多いほど、ますます答えは出にくくなる。集中力が多方向に向けられ、思考が散漫になるのだ。情報や選択肢の多さを求めるのは、「自信」を持ちたいから。だが、皮肉なことに、それは「決断力」とは比例しない。かえって余分なそれに振り回されることになる。


アメリカの高級食材店で、ある実験が行われた。実験の目的は、「商品数は売れ行きを左右するか?」ということを調査するため。店内に設けた珍しいジャムの試食コーナーに、ある時は6種類、ある時は24種類のジャムを置き、その時々の売れ行きを比較調査したのだ。

経済学の理論では、選択数が多いほうが客の購買率が上がると言われている。商品数が多いほうが、客が自分の好みの商品を見つけやすくなるというのだ。だが、結果はその理論を覆すものだった。6種類の時は客の30%がジャムを購入し、24種類の時は3%だったのだ。

この実験に限ったことでなく、この傾向は、戦場やビジネス等あらゆる場面に共通する。選択肢や情報の多さが、かえって決断力を鈍らせることが証明されている。

実際、優秀な軍隊の指揮官は、戦闘前に十分な分析を行うが、一旦戦闘が始まれば、部下に余計な情報を与え過ぎないようにする。その場での臨機応変な判断が求められる戦場では、その情報の多さが瞬時の判断の妨げになるのだ。


つまり、それがジャムだろうが人生だろうが、何かを選び取るために決断する時は、出来るだけ「シンプルな状態」になることが必要なのだ。やるかやらないか、やりたいのかやりたくないのか―その「極端な二択の状態」にまで余分なものを削ぎ落とすことが道を開くのだ。

時に痛みや苦しみが伴うこともある。だが、心の安定や楽さを優先しているばかりでは答えは出ない。むしろ、それがどんなものをもたらそうと、そのすべてを引き受ける覚悟をすることが必要なのだ。「ぬるさ」を求め、好む人にはそれがない。心を決められないのも当然なのだ。

「決断」は、思考や感情を突き抜けた先に存在する。その果ての、最後に行き着いた段階、「二つに一つ」というギリギリまで絞り込んだ最少の選択肢以外存在しない場所で行う「究極の極端な選択行為」なのだ。




【追記】「保留」が通用するのは、単純に割り切ることのできない「感情」の領域に関してだ。許したいのに許せない―そういった場合、「グレーゾーン」を選択することは「あり」なのだ。


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カテゴリ :三位一体―心と体と魂の話 トラックバック(-) コメント(-)
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