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 2011-01-10
IT用語にもあるが、「ステガノグラフィー」という技術がある。絵や画像、文章や音声等の中に、さらに他のメッセージを隠すこと。一見何の変哲もない箇所に、「謎」を潜ませるのだ。

「暗号」とはまた違うものだ。暗号は、たとえそのメッセージが発見されたとしても、読み手に解読されないようにする技術。だが、ステガノグラフィーは、メッセージがそこに隠されていること自体を気づかれないようにする。見た目をほとんど変化させず、何の違和感もないように、極めて自然に見えるよう状態の中に、それを埋め込むのだ。

白紙に果汁等で絵や文字を書く。乾いた後は、一見ただの白い紙に見える。だが、それを火であぶると、今まで見えなかった文字や絵が浮かび出してくる。ステガノグラフィーは、その「あぶりだし」に喩えられる。

古くは紀元前の古代ギリシャの歴史書や平安初期の三十六歌仙の一人である在原業平が、「古今和歌集」の中でそれを行っている。木を森に隠すように、文字の中に文字を隠す。それを知る者、気づいた者だけが、秘められた「真実」を知ることになる。

願わくば、そういう文章を書いていきたいな、と思う。十代の頃、プロアマ混合の同人誌等でちょこちょこ書いた物を発表していた時に漠然と思っていたことだが、それは今も変わらない。こうしてブログを書いている今、それは確固たるものになった。

インターネットの台頭もあり、現在世の中にはありとあらゆる種類の文章が溢れている。どんな形であれ、物を書く人間は、「活字中毒」とも言えるくらい大量の文章に目を通す傾向がある。ご多分にもれず、私もその口だ。だが決まって惹かれるのは、書き手の「底」が見えないくらいの奥深さを感じる文章だ。

行間とか裏とか、そういった部分を読み取る以前に、文章そのものに「まだ何かそれ以上のものが秘められている予感」を感じさせるもの。読む度にそれを感じ、探さずにはいられないもの。マトリョーシカのように、これで最後かと思うとまだ次がある―そんな文章に惹かれるし、自分もそういったものを書きたいと思う。

読み手の意識が外や他に向かっていくような、インスピレーションのきっかけになるような、ミクロからマクロへ、マクロからミクロへ―そんなふうに自由自在に意識を飛ばすきっかけになるような文章を。

スピリチュアル系の書籍やブログにありがちな、読み手の意識や視点を一箇所に固定して縛りつけるような文章、読み手からの誤解を恐れるあまり、「言い訳」に徹して論旨が不明確な文章は、私にとっては「駄文」だ。ましてや「(アイディアを含む)盗用」「無断引用」は言語道断。「布教」や「宣伝」「自己満足」に終始する文章は、書き手の中身、「目的」が透けて見える。

万人受けする無難なものを書こうとも思わない。共感されること、好かれることを前提に書かれた文章は、「媚び」が鼻につく。あくまでも「自分が書きたいこと」を書く。自分のブログでそれをできないのなら意味がない。読み手の好みに合わせるつもりはさらさらない。お気に召さないのであれば、読まなければいいだけの話。

イギリス文学のファンを自認するある作家がエッセイに書いていた。「冷徹な観察眼と自虐的ユーモアとも言うべき些かの稚気、教養と合理性、そこにちょっと『風変わり』というスパイスを効かせれば『イギリス人』になる」

なるほどー。私の目指すところは「イギリス文学」なのかもしれない。そして、「謎」「メッセージ」を時々紛れ込ませておくのだ。「誰か気づいてくれるかな」というほんの少しの期待と、「ふふーん♪わかるかな~」という小さな意地悪さと一緒に。

文章を書くということは、読み手との「対決」でもある。常に真剣勝負の「気」を双方にもたらすような、読む度に「メッセージ」「謎」の存在を探さずにはいられなくなるような、そんなクオリティーのものを書いていきたいな、と。

「あの内容のやつ、どれだっけ。また読みたくなった」と再読されるような、じっくり読まずにはいられないくらいに強く、濃くて深い。でも読後はすっきりと抜ける。上質のお酒のような―そんな文章を目標にしようと。

遅くなりましたが、いつもこのブログを読んでくださっている方達へ、感謝の意を込めて新年のご挨拶とさせていただきます。今年もよろしくお願い致します。

【昨年ブログの感想メールを送ってくださった方達へ】
多くのメールをいただき、ありがとうございました。全員にお返事を差し上げましたが、届いていないようでしたら「迷惑メールボックス」等を確認なさってみてください。当方のプロバイダーはヤフーなのですが、時々ヤフーメールが自動的に削除されてしまうことがあるようです。「宛先不明」で返ってきたものはないので、多分届いているとは思いますが、万が一届いていない場合はご一報くだされば・・・と思います。


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インターネット上の文章や画像にも、ちゃんと著作権はあります。著作権侵害に関する訴訟では、①被告による原告の著作物へのアクセス可能性(IPアドレスの調査等) ②被告の利用著作物と原告の著作物における表現の酷似性③原告の著作物の著名性、周知性といったことが立証されれば成立します。故意に侵害した場合には、10年以下の懲役または1千万以下の罰金が科せられます。

カテゴリ :Mの心象―あれこれ思うこと・感じること トラックバック(-) コメント(-)
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