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曲解

 2010-08-27
【わがまま(我儘)】
①自分の思うままにすること。自分の思い通りになること。
②相手や周囲の事情を省みず、自分勝手にすること。きまま。ほしいまま。身勝手。
③思うままに贅沢を尽くすこと。また、そのありさま。
(広辞苑より)



「今まで私は世のため人のために自分を犠牲にして生きてきました。でももうそれを止めます。これからはわがままに生きていきます!」と宣言する人をたまにブログ等で見かけるが、「本当にその意味を理解した上で言ってんのかね?」と思う時がある。その人達の多くは、「わがまま」という言葉の意味を履き違えている。

「わがまま」というのは、文字通り「我がまま=自分のまま」ということ。自分の思うままに、ありのままの自分を押し通すこと。そう生きること。「わがまま」とは、本来「あるがままの自分」「ありのままの自分」ということなのだ。

だが、件の「わがままに生きます宣言」をする人達の言動を観ていると思うことがある。彼らの考える「わがまま」とは、単なる「駄々っ子」の域なのだ。

自分だけが自由気ままに振舞うことを許される。自分以外の人が同様のことをするのを許さない。認めない。周りの人間は、自分の言動をすべて無条件で受け入れるべき。自分の期待に応えるべき―そんなふうに思い込んでいる人が本当に多い。

彼らはまったく理解していない。「わがままに生きる=あるがままの自分で生きる」ということは、同時に、自分以外の人達の「あるがまま=わがまま」を受け入れることでもあるということを。わがままに生きると言うのであれば、当然自分以外の人達がわがままに、その人達が思うままに生きることを自分も認めなくてはならない。

例えば、自分が誰かを批判するのであれば、当然自分に対する批判も受け止める。それが筋なのだ。自分がわがままなのはOKで、その他の人達はダメ―それでは暴君や独裁者と変わらない。「わがままに生きる」ということは、相手に対して「要求」ばかりすることではないのだ。周りの人達の存在やその思考を含め、「すべて」をありのままに受け入れることであり、また、「そうしよう」と覚悟を決めることでもある。決して単純なものではないのだ。

「わがまま」の意味を履き違えている人というのは、自分の期待以外のものが返ってくることを認めない。それは相手の言葉であったり、状況だったり、自分が「こうであってほしい」と願ったもの以外は決して受け付けない。それらをすべて排除しようとする。

それがどんなものであろうと、自分の期待に反していようがいまいが、ショックだろうが辛かろうが、すべてをありのまま、全部受け止めよう、向き合おうという覚悟がない。その決意や覚悟がなければ、「わがままに生きる」と言う資格などないのだ。

自分の都合や期待がベースの「わがままな生き方」は、単なる「ご都合主義」でしかない。「自分に都合よく物事が進む人生」を求めているだけだ。「甘ったれたこと言ってんじゃねーよ」と。「わがままに生きます?だったらその覚悟を見せてみな」なのだ。

自分は散々好き勝手にやっておきながら、相手から期待していた言葉や態度が返ってこないと大騒ぎするとか―なんて虫がいいのかと。甘ちゃん達が主張する「わがままに生きる」というのは、所詮その程度のことなのだ。とことん自分に甘いというだけのこと。そこに覚悟も芯も存在しないものなのだ。





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