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盗人の屁理屈

 2010-07-01
【盗人猛々しい】
悪い事を咎められているのに、あつかましくも逆に食ってかかること。泥棒が盗みを咎められても、ずぶとく構えて平然としている様子から。(学研 故事ことわざ辞典より)



愛だの光だの魂を磨くだのと高尚な言葉を声高に唱える割には、現実世界ではその真逆、「社会人」としての常識や自覚が欠けた言動を取って平然としている「スピリチュアリスト(自称)」が世の中には大勢いる。

「私達ソウルメイト婚なんです♪」をセールスポイントに、それに関連したセミナーやセッションをご夫婦でやっている人達のブログは、正直「非常識」のオンパレード。自分達を正当化するための言い訳や屁理屈で埋め尽くされている。申し訳ないけど、「夫婦揃ってこういう状態って痛くね?」と思うことも度々。「ストッパー」の不在が暴走に更なる拍車をかける―という悪循環。

「第三者の目から見た自分達の姿」「社会においての自分達のスタンス」というものを、この人達は意識したことがあるのだろうか?一社会人としての自分達の言動を、客観視できないところが怖いなと。自分達の非常識やけじめのなさを棚に上げて、「自分達は悪くない」と言い張る姿は正直いただけないものがある。

何でも、以前サラリーマンだったご主人は、その当時からスピリチュアルに関するブログを開設していたとか。そのご主人、休暇中に上司にパソコンの中身をチェックされたらしい。そのことによって、メールの内容も当然のことながら、ブログを書いていることも上司の知るところとなった。上司はご主人のブログを読み、「危険思想の持ち主だ」と会社の上層部に訴えた。その結果、別の部署に異動させられ、ブログでの活動を自粛するよう言い渡されたらしい。

奥様は、このことに大層憤慨している。「人のパソコンを無断で盗み見るなんてひどい!」とか「理不尽だ」とか。

このご主人、中世ヨーロッパで魔女狩りに遭い、火炙りの刑にされて亡くなった過去生がある―と某ヒーリングスクールのセンセーに言われたことがあるらしい。「うちのだんな様は、また過去生と同じように、罪もないのに迫害を受けたのです!」と奥様は大騒ぎ。

いつも思うことだが、スピリチュアルにどっぷりはまり込んでいる人というのは、なぜいつもこんなふうに自分達を「被害者」の位置に置きたがるのだろうか?悪いのはいつも相手のほう。自分達は、悪者から理不尽な攻撃を受けている―というその完全な「被害妄想」は一体どこから来るのかと不思議に思う。

無断でパソコンを盗み見たと上司を非難しているが、上司の方の行為は、極めて「正当なもの」だ。なぜなら、そのパソコンは「会社の所有物」なのだから。業務上必要なツールとして会社から「貸与されている物」であり、「個人の所有物」ではない。そのパソコンに関する「権限」は、あくまでも会社側にある。「勝手に云々」と上司を非難するのは、完全な筋違い。

パソコンの中身を含め、社員の動向を会社側がチェックするのは当たり前のこと。その為の専任部署を設けている企業も少なくない。というより、そういった対策を採っている企業が圧倒的多数なのだ。

以前私が勤務していたメーカーでも、同様のシステムが導入されている。自分の有休中や会議や打ち合わせ等で席を長時間外している時、上司や同僚が自分のパソコンを開いてデータを取り出すなども日常茶飯事。その反対の場合もあるし。というより、そういう体制が「普通」なのだ。騒ぎ立てるほうがおかしい。

大体、「組織」の一員として、「公」の立場でその会社に所属しているのだから、パソコンのチェックを含め、社内での自分の言動を「管理」されるのは当然のこと。「プライバシーの侵害だ!」と騒ぐのは、ちょっと違うかと。ネガティブなもののようにそれを捉えるのは、自分の意識の甘さだ。社会人としての「自覚」がないということ。

警察官などは、社会的立場や性質上、採用試験に合格した時点で「身元調査」が入る。自分や親族の思想(新興宗教に入信しているかどうか等)や犯罪歴等まで調べられ、交際相手や結婚相手に関しても、上司に申告する義務がある。それに比べたら、一般企業の社員管理などまだまだ緩い。所属先や理由の如何に関わらず、「組織に属する」ということは、そういうことなのだ。「管理」されるのは当たり前のこと。


「自分のパソコンを無断で調べられた。それは理不尽な迫害だ!」と騒いでいるが、逆に「黙って見られたら不都合なものでも入っているんですか?」と。

「自分以外の人間に見られたらまずいもの」が入っているから騒ぐのであって、そうでなければ何を調べられようと平気なはず。だって、それは「会社のパソコン」なのだから。仕事関連のデータしか入っていない状態が「当たり前」なのだから、本来誰が見ても構わないはず。「騒ぐのは、何か疚しいことがあるからですか?」と。

パソコンの中身を調べた上司が、最終的にそのブログを読む段階にまで至ったということは、そのパソコンを、仕事以外の目的に、いわば「私的に流用していた」ということだ。読者とやり取りしたメールとか、記事が保存されたフォルダーとか、そういった「明らかな痕跡」があるから。そうでなければ、ハンドルネームを使って開設しているプライベートな個人ブログにたどり着くわけがない。

本来仕事専用として、「仕事以外の目的に使用してはいけない」という前提で貸与されているパソコンを、自分が趣味で開設しているブログに利用することは、言ってみれば「公金の着服や横領」と同じ。漫画本や女性用の下着を事務所の経費で購入していることが発覚した政治家とやっていることは一緒なのだ。それを「理不尽な迫害」とか。呆れて物も言えない。いわば、完全な逆ギレ。自分のやったことを棚に上げて、上司や会社を加害者扱いするってどーよ?なのだ。


スピリチュアルのような狭い世界にどっぷり使っている人―特にセッションやセミナーを主催する側には、「奇異な印象」を与える言動を取る人が多い。常識外れというか、世間一般の感覚から大幅にずれた感覚を持つ人がかなりいる。いろいろな意味で、公私の境が非常に曖昧になるせいかもしれない。

同じ思考を持った人達、いわゆる「同類」だけが自分の周りに集まってくる。自分と同じ思考をする人達しか存在しないセッションやセミナーを何回か経験していくうちに、だんだん誤解するようになるのだ。「世の中の多くの人が、自分と同じ考えを持っているに違いない」と。彼らの感覚の中では、自分達が「多数派」になっている。

そして、その状態が、「自分達は正しい」という意識を生み出していく。人間というものは、その内容や正当性より、「それを支持している人の数」で、物事の良し悪しを測るところがある。「これだけ多くの人が支持しているのだから、これが正しいに違いない。良いものに違いない」といった感じで。口コミが及ぼす影響が大きいのはそのためだ。

自分を含め、周りには同じ考えを持つ人しかいない。いわば、圧倒的多数を占める自分達が「正」であり、「善」である―と思い込むようになる。「正しい自分」が攻撃されると、強い「被害者意識」に囚われるのはそのせいだ。「自分は正しい。自分は間違っていない」という意識が常にベースになっているので、「自分を否定する人や出来事=悪、いわれのない理不尽な攻撃」となる。

傍から見ている側から言わせれば、「いや、理不尽なこと言っているのはあなたのほうですから」なのだ。「危険人物」認定された挙句、左遷されたことが面白くないようだが、それは当然の処分かと。むしろ「危険人物」というその評価、案外的を射ているかも。だって自分の非を棚に上げて逆ギレした挙句、相手を「加害者」扱いするのだから。その言動からして、既に「やばい人」でしょ。


ゴールデンタイムでの番組の放送、関連書籍のヒット―スピリチュアルの分野が「市民権」を得たと言っても、それは「=同調、賛同」ということではない。まだまだ「あやしい、よくわからない」という形容詞と一緒に語られることがほとんどなのだ。ましてや、そういったことに馴染みがない人、嫌悪感を抱く人、信じない人からすれば、それに基づいた主張を繰り広げる人は、「変な人」でしかない。

現在巷に溢れているスピリチュアルの大半は、キリスト教の教義がベースになっている。そのせいで「宗教色」も濃い。何かの新興宗教の勧誘や伝道と勘違いされても仕方のないところがある。地下鉄サリン事件を起こしたカルト教団に、一般企業の社員が多数含まれていたこともあるので、「すべては一つなのです!」などと、それっぽいことを言っている社員がいれば、企業側が懸念するのは当然のこと。他の社員達を「危険」から守る必要性もある。

このご主人のブログは全部読ませていただいたが、正直スピリチュアルの要素を除いても、「変な言動」が多いので。ご本人はユーモアを交えて表現しているつもりなのかもしれないが、何も知らない人からすれば、「変質者?」「この人おかしいんじゃない?」と疑われたり、警察に通報されても仕方のないような、常識では考えられないようなことをやっていたりするので。

過去のエントリーで、トランクス一枚で、車がびゅんびゅん通っている道路の横に寝そべっている写真を掲載したりとか。何の意味があるのか分からないコスプレしたり。(まあ本人は、まさかそういった姿を上司に知られることになるとは想像もしていなかったのだろうけど)「良識に欠ける素行不良の社員、危険人物」という烙印を押されても仕方ないかと。

いくら上司に権限があるとはいえ、休み中にパソコンを隅々まで調べられるような社員は、そうはいない。不信感を抱かせる十分な根拠があったということだ。実際上司の方の「感」は当たったし。結局「自業自得」ということ。

こういう世間知らずというか、自分達を正当化するために意味不明の屁理屈を捏ねる幼稚な人達が説くスピリチュアリズム、本当に危険です。自分達の権利とか自由とか主張する前に、まず「義務」を果たしたら?最低限の責任さえ果たさないのに、要求ばかりは一人前。あつかましいにも程があります。魂磨きはひとまず置いておいて、まずはその常識の欠如を何とかしてください―と思います。




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