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生兵法

 2010-06-12
【生兵法(なまびょうほう)/生兵法は大怪我の基】
少しばかり兵法を知ってはいるが、未熟なこと。少しばかりその道を心得た者は、これを頼って軽々しく事を行うから、かえって大失敗をする。(広辞苑より)


インターネットの普及以来、巷には凄まじい量の情報が溢れている。以前なら「知る人ぞ知る」というような、ごく限られた人達しか知らなかったことも、誰もが簡単に知ることができる。スピリチュアルや自己啓発の分野においては、特にそう。長い間「閉じられた世界」であったこともあり、その分「反動」は大きい。

「オーラ」「前世」「守護霊」といった内容を扱うテレビ番組がゴールデンタイムに放送され、次々とスピリチュアル関連の書籍が出版される。「チャネリング」「ヒーリング」といった、ひと昔前は「怪しいもの」だったそれに、「普通の人々」が詰めかける。パワースポットを巡るツアー旅行も大人気。「もっと幸せになるための」「ツキを引き寄せるための」と称した自己啓発セミナーの類も大繁盛―今や完全に市民権を得た。

そういった分野に興味を持って、自分から積極的に関わっていく人も増え、関連情報も簡単に得られるようになったせいか、「弊害」が出てきている。ネットやテレビ番組、書籍、セミナー等で得た受け売りの知識を振りかざす「にわかプロ」が増えてきたのだ。

本人達には悪気はないのだが、完全に「勘違い」をしている人が本当に多い。聞いたこと・読んだことをそのまま鵜呑みにして、自分の周りの人達に吹聴する。だが、そこに「理解」はない。オウムや九官鳥が、人の言葉を真似するのとよく似ている。ただその言葉を真似して繰り返しているだけ―それが彼らの特徴なのだ。

「あなたは悲しみや怒りを溜め込んでいるのよ。だからそれを手放してもっとオープンにならなきゃ」「心と体のバランスを崩しているから気持ちが不安定になるのよ」「許すことが愛なんだから、すべてを許して受け入れなさい」とか。人の意識や心に関わる仕事をしている「プロ」から言わせてもらえば、「へぇー、言ってくれるじゃないの」と。

その人達に、ぜひ聞いて見たいものだ。「で、どうしたらその溜め込んだ怒りやら悲しみやらを手放せるわけ?オープンになるってどういうことを意味するの?ふーん、愛って『許すこと』なんだ。じゃあ許さなかったら愛じゃないの?許した後はどうなるの?心と体のバランスが崩れてる?何を根拠にそう思うの?」と。

「にわかプロ」の最大のたちの悪さは、何と言っても、その無責任な「言いっ放し」なのだ。「許すことが愛だ」とか「受け入れる」とか「手放せ」とか。いろいろと偉そうに語る割には、一向に「原因」や「解決方法」といった核心に触れようとはしない。

正確には、「触れようとしない」ではなく、「触れられない」のだ。なぜなら、それは受け売りの猿真似でしかないから。それがどういうことなのか―という「本質」への理解がないから、解決などできるわけがない。ただ無責任にあーだーこーだと騒いでいるだけ。

まあその人達の「本来の目的」は、「人からすごいと思われたい」「自分は周りとは違うということを見せつけたい」といったものなので。実際は、中身がスカスカの、つまらない小者だったりするものだ。必要以上に自分のことを大きく見せることに執着するのは、その「小ささ」を隠すため。言ってみれば、それがその人の「コンプレックス」であり、「願望」でもあるということ。

だから、もっともらしい言葉や態度で「それらしく」振舞おうとする。彼らにとったら、スピや自己啓発の世界で得た知識は、「とっておきのアクセサリー」なのだ。「演出」の一部と言っていい。高尚な言葉で人々を「導いている(つもり)」自分の姿に酔う傾向が強いのも共通している。サルの群れでの順位争いと同じで、「自分のほうが格上だ」ということを見せつけたいのだ。所詮は「他人事」、好き勝手言えるわけだ。「他人の人生」に自分が責任を持つ必要はないのだから。

はっきり言わせてもらえば、「ずぶの素人があれこれ偉そうなこと言ってんじゃねーよ!」なのだ。人の心や意識の仕組みや複雑さ、肉体との関係性―そういったことの「いろは」も知らないド素人が、テレビとか本で仕入れた上っ面だけの知識をもっともらしく振りかざして偉そうに語るなっつーの。あれこれ口を出すだけで、その人に「解決」への方法やヒント、違う視点から捉え方を提供できないならその口閉じてろと。「ドラマで手術のシーンを何回も見ているから自分も心臓バイパス手術ができる」と思い込んでいるアホと同レベル―と言ってもいい。

心理学の本を読み漁ったり、セミナーで手に入れた知識を駆使して、もっともらしく他人の心理を分析して悦に入っている人もそう。上澄みに触れた程度で何を得意げになっているのやら。大体「人間」についての何を知っているというのか。

最近では、精神科や心療内科に「先生、私は○○だと思います」と、自分で病名を診断して来る人も多いとか。医学書の知識だけで自分自身の心身の状態を診断・分析できるなら、医者やセラピストなど不要ではないか。そういった「ちょっと待ってくださいよ」の人が、あまりにも多過ぎる。

「受け売りは、所詮受け売り」でしかない。いくら本を読んだって、どれだけ多くのセミナーやセッションを受けたからといって、それは「=理解、知恵」ではないのだ。プロを気取った素人さんが、人様に聞きかじりの情報を得意げに披露して押しつける様子は、どこかの宗教団体の勧誘を思わせる。「余計なお世話」そのものだ。

知識や情報ばかりを集めたとしても、結局「素人」はどこまで行っても「素人」なのだ。「自分の分(ぶ)」というものをわきまえることが必要かと。そこに自分の信念や思想、理解もなく、ただ誰かさんの言った言葉を繰り返すだけだったら、それは「知恵」ではない。機械で十分事足りる。それこそオウムや九官鳥でもいいかもね。

勘違いだらけの素人さん達、はっきり言って迷惑です。他人様に構うヒマがあったら、まず自分のことを何とかしなさいよ―と思いますけどね。

【追記】
こういった「プロ」を気取る素人さんには、くれぐれも気をつけてください。「弱っている時」につけ込んでくることが多いので。よく観察していると、言動がちぐはぐなので、「あれ?」と気づくかと。最終的にはボロを出すと思うので、注意して「観る」ことですね。「良いことを言っているから」と、信じてガードを下げると支配されることになります。

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