FC2ブログ

スポンサーサイト

 --------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ :スポンサー広告 トラックバック(-) コメント(-)

仲間食い

 2010-05-09
「周りの人間=自分の利益や都合のために利用する道具・手段」という意識を持っている人というのは、「仲間」という言葉が大好物のようだ。「だって仲間じゃん」「仲間なんだからさ」何かにつけてその言葉を持ち出し、相手にその意識を植え付けていく。「利用価値」があると思えば、すかさずその輪の中にその人を組み込もうとする。いってみれば、それは彼らの「作戦」なのだ。


そもそも「仲間」って何よ?と思う。辞書(広辞苑)には、「仲間=ともに事をする人。同じ仕事をする人。またその集まり。同類。伴侶。類」とある。まあ、「同僚」「チームメイト」「同級生」等がそれに該当するのだろうが、「親しく交わっている人=友達」と呼ぶほどの付き合いではないし、「互いに知っている人、面識のある人=知り合い」ではちょっとよそよそし過ぎる。しかしその言葉で一括りにされると違和感や抵抗感がある―何だか非常に中途半端というか、収まりがよくない。「仲間」とは、なかなかやっかいな概念だ。

「相手を利用する人」というのは、「=依存可能な対象を求めている人」でもある。結局「自立していない」ということなのだ。自分自身の力で立てないから、支えてくれる誰かや何かを求める。本人達にはその自覚がない・・・というより、自分が何らかの支えなしには立てない人間だと思いたくない気持ちがある。だから「仲間」というもっともらしい言葉を巧みに利用するのだ。「正当な口実」として。

その人達は、早晩「図々しい」としか言えないような要求、「依存」をしてくる。そもそも彼らの目的は、「相手を利用すること」なので。もともとの狙い、「作戦」が発動したわけだ。

その「方法」も共通している。情に訴えかけるような、相手の「良心」につけ込むようなアプローチの仕方。断ったり難色を示すと、「愛がない」とか「仲間だと思ってたのに」とか言い出してキレたり。「さっきのしおらしさはどこに行った!?」というようなふてぶてしさ。もう呆れるというか、始末が悪いというか・・・。こちらからすると、「勝手なこと言ってんじゃねーよ」」と。

そういう人に限って、「仲間」だの「愛」だの「ワンネス」だの「ありのままを受け入れましょう」だのと、普段綺麗事を言っているくせに、やることは非常にえげつない。

あくまでも、「ご都合主義」が前提での「仲間」なのだ。その言葉で相手を縛っておけば、自分の手持ちの「駒」、メリットはキープできる。相手を動かす時の「正当な理由=言い訳」にもなる。「仲間って助け合うものだよね?」「仲間なんだから協力してくれるよね?」といった感じで。

そのくせ自分からは与えようとしないのだ。相手から取れるだけ取った後は、知らん振りをしている。だが、その魂胆を見抜かれると、自分が取るだけの人間、「taker」だということがバレそうになると、屁理屈を捏ねて取り繕おうとする。それが上手くいかないと逆ギレしたり。そのへんがいやらしいというか、小賢しいというか・・・。

彼らが言うところの「仲間」と称したその関係を外から観ていると、お互いを、相手から得られるメリットを貪り合っているような、いわば「共食い」にしか思えない。「より多くのものを奪ってやろう」そういった腹黒さを、「仲間」などという言葉で上手くカモフラージュしようと画策するところが浅ましいなと。

こういった人―仲間うちを食い荒らす人を「仲間食い」と呼ぶが、特に人間関係が希薄になっているこの時代、うわべだけの言葉の響きにホロッとさせられた挙句、すべて食い尽くされた―ということにならないよう気をつけることだ。


まあいつもこういうことをやっているから、「本当の仲間」ができないんでしょうけどね。




【追記】
分野に関わらず、各種「スクール」「セミナー」というものには、講師や生徒に関わらず、「仲間を求める人=都合よく相手を利用する人」がかなり多いようで。生徒を私物化してボランティアを強要するセンセーとか結構います。「仕事休んでセミナーを手伝いに来い」とか。日給も交通費も食事代も一切出ない無給の「ボランティア」として、朝から晩まで丸一日拘束してただ働きさせる・・・などという話はよく聞きます。

そういうセンセーというのは、何かにつけて「仲間」という言葉を強調しているようなので。立場を逆手にとって、当然のように利用するその浅ましさ。手伝いに来ない生徒のことをあれこれ言ったり。「何勘違いしてんだよ」と。生徒を「奴隷」とでも思っているんでしょうか??

面白いことに、そういうセンセーのところには、同類の生徒さんが集まるようで。センセーから得られるメリットが目的で、嬉々として「ゴマすりボランティア」をやっているみたいです。傍からは、狐と狸の化かし合いにしか見えませんけどね。まあ同類同士、勝手にやってればぁ~と思います。



■関連記事

スピ系支配者の手口

スピリチュアリスト達の矛盾


カテゴリ :三位一体―心と体と魂の話 トラックバック(-) コメント(-)
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。