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「本当の自分」はどこにいる?

 2009-12-14
「本当の自分を知りたい、本当の自分と出会いたい」と、いわゆる「自分探しの旅」に夢中になる人達がいる。自己啓発セミナーや、ナンタラヒーリングのセッションの類を梯子したり、膨大な金額をそれに注ぎ込んでいる人も少なくない。「本当の自分がわからないんです」「今の自分は『本当の自分』じゃない気がするんです」ヒプノセラピーのセッションでも、よく同じ言葉を耳にする。

これが自己啓発やスピ系のセミナーだったら、如何にも「私、愛と光と共に日々ポジティブに生きてます!」的な態度の講師やヒーラーが、あれこれ優しい言葉をかけて励ましたり慰めてくれるのだろうが、うちのサロンの場合、そうはいかない。

もともと口の悪い「オラオラ系スパルタ式セラピスト」なので、ぬるい事を言って現実逃避するクライアントや、あれこれ尤もらしい理由を付けてはいるが、実は「甘え」に来ているだけ―というクライアントには、時としてかなり手厳しい対応をさせていただくことになる。

「セラピスト=優しい人」と思い込んでいる人には、かなりの衝撃らしい。セッションの数日後に頂いたお礼のメールに、「正直、最初は大変な所に来てしまったと思いました(笑)」と書かれていることもよくある。先日は「アントニオ猪木さんのビンタばりに効きました!」とあった。(ちなみに暴力は振るいません)

「自分探し」「本当の自分」そういったものにのめり込み過ぎている人にとって必要なのは、各種セミナーやヒーリングの類ではなく、「本当の自分なんてものはない」ということにまず気づくことだ。だから私は容赦なく言い放つ。「本当の自分?そんなものどこ探してもありませんよ」と。

大抵の人はギョッとした顔をする。それじゃ今まで自分がその為に費やしてきた時間やお金は何だったの?悩んできたことはムダだったの?「本当の自分」がどこにもないなんてどういうこと?それじゃ「こんなの自分じゃない」っていうこの違和感は何なの?


はっきり言い切る。「本当の自分」を探している人というのは、「今の自分」とは違う「本当の自分」というものが、ここではない別の場所、「自分の外部」に存在しているかのように思い込んでいる。それが存在する場所にさえ辿り着けば、必然的に会えるもの、「やっとお会いできましたね」と対面するようなものだと思っている。

だが実は、「本当の自分」というものは、既に「自分の中」に存在している。その人達が「こんなの本当の自分じゃない」と思っている「今現在の自分」の中に、ちゃんと存在しているのだ。わざわざどこかにそれを「探しに行く」必要などないのである。

その人達の話を聞いていると、分かってくることがある。どうやら彼らにとっての「本当の自分」とは、「どうしたら自分らしく生きられるのか?」ということを意味しているようなのだ。

「それでは、あなたにとっての『本当の自分』とはどういうものなんですか?」と聞くと、一様に「今現在の自分は、何か『作っている』ような気がして・・・」という答えが返ってくる。

「具体的に言うと?」「『本当の私』はすごくマイペースなんです。一人でいることが好きだし、正直そのほうが楽なんです。でも『変わってる』『友達がいない人』って思われたくなくて、無理して周りに合わせて社交的に振舞っているだけなんです。猫を被っているというか、何か役を演じているような気がして仕方ないんです」

「役を演じている自分=作り上げた人物=『本物ではない』=偽者」という意識が、「後ろめたさ」「素の自分を隠している=周りの人を騙している」という罪悪感を生み出す。そして、「演じること=素の自分を隠すこと」に対する疲労感、迷い等が「本当の自分」を求めさせるのである。


その人達が求める「本当の自分」になること、「自分らしく生きること」は、とても簡単なことだ。べつにナントカヒーリングや、もったいぶっているだけで実は一番大事で必要な「核」を全然教えていないセミナーを受ける必要もない。ただ、今自分が感じている違和感、「こんなの本当の自分じゃない」と感じる部分を捨てたらいいだけだ。「演じる」のを止めたらいいだけの話。

一人でいるほうが好きなら、無理にみんなと一緒にいようとしない。マイペースが好きなら、周りに過度に迷惑を掛けない程度に気をつけて、自分のペースで行ったらいい。社交的になれないのなら、社会人として、人として、失礼にならない程度に、最低限の礼儀を弁えて過ごしていたらいいのだ。

「本当の自分」を隠そうとして、あれこれ余計な殻を身に着けて出来上がったものが「作られた自分」なのだ。元になっているのは、あくまでも「本当の自分」。周りの殻のせいで見えなくなってはいるが、その存在自体が失われてしまったわけではない。だったら、周りにくっついている余分な物、「作っている部分」を剥ぎ取ってしまえばいい。そうすれば本来の姿がまた現れる。たったそれだけのことなのだ。

仰々しく「自分探し!」と騒ぎ立てる必要はない。それは元々自分の中に存在しているものなのだから。「存在しない」ということでなく、「見失っているだけ」。人によっては「見ようとしないだけ」のことなのだ。

四十五十過ぎても、世間で言うところの「いい歳」と言われるような年齢になっても「自分探し」と称したセミナーやヒーリング巡りにいそいそと余念がない人達は、「青い鳥」は既に自分のところにいる―ということに気づかなければ、多分死ぬまで「本当の自分」とやらを探し続けているはずだ。

「本当の自分」に出会うには、そこに付着した余分な殻を取り去るだけ。「演じる」「作る」「隠す」のを止めたらいいだけだ。「今の自分」の中をもう一度探したらいい。

それでも「えー、でもそれって難しくないですかぁ?やっぱり人の目とか気になるしぃー」と、この期に及んでまだゴチャゴチャウジウジ言っている人に「猪木のビンタ」いきまーす!

なんだかんだ言っても、結局あなたは「本当の自分」なんて望んでないんでしょ?「今のまま」がいいんでしょ?そのほうが楽ですもんね。本当に今の状態が嫌だったら、「それって難しくないですか?」なんて言葉は出てきませんからねー。本気だったら出るのは「行動」なんですよ。やりもしないうちから「難しい」なんて言うのは、結局「やりたくない」ってことなんで。まあ「言い訳」ですな。「嫌よ嫌よも好きのうち」ってね。

大体虫が良過ぎるんですよ。「本当の自分」で生きたい、でも人から変に思われるのがイヤ―とかね。何かを選ぶということは、何かを捨てるということでもあるんです。それが出来ないと言うのなら、これからも「作った自分」でい続けてくださいな。私は一向に気にならないんで。だって私の人生じゃないですもん。あなたの人生がどうなろうと痛くも痒くもないし、私には関係ないことなんで。

まあ、あなたの人生なんでね。私があーしろこーしろとはこれ以上言えません。どうするかはあなたが決めてください。っていうか、これはあなた自身の問題なんで。どうぞお好きなように。それじゃ、今日はこのへんで。


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