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親の心子知らず、子の心親知らず

 2009-07-16
母は「超優等生」だった。小学校から高校までの12年間、学年で1番から下の成績を取ったことがない。祖母が保管していた当時の通知表を見せてもらった時、綺麗に「優」や「5」だけで埋め尽くされたそれを見て、あまりの成績の良さに、逆に「この人おかしい・・・」と思ったものだ。

家のすぐ近所には、母の高校時代の同級生が住んでいた。私の幼馴染みのお母さんでもあるその人は、「あなたのお母さん、本当にすごかったのよ~」と、その超優等生ぷりを折に触れて私に話してくれたので、やはり名実共にそうだったのだと思う。

勉強だけでなく、いろいろと才能のある人だった。運動神経も良かったし、料理はプロ級、編み物や裁縫等も上手だったし、華道と茶道、着付け等の御免状、独学で情報処理2級の資格も取っていた。

だが、子供にとってはこういった「出来過ぎた親」というものは、「目の上のたんこぶ」というか、ものすごいプレッシャーになる。大抵親というものは、自分自身を基準にして子供を測る。やはり無意識のうちに、当時の自分を重ねて子供を見ていることが多い。そして子供にとったら、それが良くも悪くも鬱陶しい。

きちんと自分と子供を分けて考えてくれているのならいいのだが、「分身」のように思われていたりすると、もう堪ったものではない。親がその当時やりたくてもできなかったことや夢、全部子供に託そうとしてくる。親の希望と子供の希望が合致しているのなら問題ない。だがそうでない場合、子供にしてみたら有難迷惑にしか感じない。

その当時の自分と子供を比較して「どうしてあんたはそうなの?!」などと言われても、答えられるわけがない。やりたくないものはやりたくないし、できないものはできないのだから。


子供の頃、学校での成績はそこそこ良かったと思う。学級委員とか、児童会・生徒会の役員等をするような子供だったし、まあ世間で言うところの「良い子」だったと思う。しかし、母は満足しなかった。多分同じ年頃の自分と比較すると、いろいろな意味で私は「物足りなかった」のだと思う。

例えばテストで80点を取ったとする。クラスの平均点は60点くらい。私はクラスで1番。父は普通に「がんばったなー」と言ってくれるのだが、母は違った。「どうしてこの2箇所間違ったの?ここを間違わなければ100点で1番だったのよ?」となる。

一事が万事そんな感じで、足らない所や出来ない所ばかり指摘されるので、だんだんこちらも嫌になってくる。「この人が私に満足してくれる時は来るんだろうか?」そう思ったことも一度や二度ではない。

習い事も、全部母が選んだものだった。ピアノ、クラッシクバレエ、書道、学習塾、英会話等・・・小学生の時は週のうち6日は習い事が入っていた。だが、私が自分で「やりたい」と思ったものは何一つない。「来週木曜日の5時に数学の家庭教師の人が来るから」「土曜日の3時からピアノ教室ね」そんな感じで自分の知らないところで、都合や希望を無視され勝手にスケジュールを決められた。

今は「友達親子」などと、まるで本当の友達同士のような関係の親子も多いが、私達が子供の頃、親というものは「絶対的で恐い存在」だった。逆らえば、やはりそれなりの覚悟はしなくてはならなかった。以前「子供に手を上げたことは一度もない」と言う方がいらっしゃったのだが、私達の世代からすると信じられない話だ。親からの体罰は当たり前の時代を過ごした人間からすると、つくづく時代の変化を感じる。

親からしてみれば、「子供の能力や可能性を高めてやりたい」とか、「少しでも将来の役に立つことを」と思ってのことだと思うのだが、母を含めその他の世間の親というものを見ていると、やはり「自分ができなかったことを子供にはやらせたい」という願望のほうが強いような気がする。

完全に「もう一人の自分」という目線で子供を見ている。多分、タイムスリップして若返った自分がそこにいる―という感覚なのだと思う。「あの時こうしていれば」「本当はこうしたかった」と蘇ってくる思いを我が子に重ねる。自分がやりたかったことを、「もう一人の自分」である子供がやっているのを見ることで、自分自身も「何か」を取り戻せたような満足感を得ることができるのだと思う。

気持ちは分かるのだが、それは完全な独りよがりの自己満足でしかない。名目上は「子供のため」になっているが、実は「自分のため」でしかない。

学歴コンプレックスを持っている親が、子供には世間で言うところの「良い学校」に入学させたいと必死になるのもそうだ。「自分達のした学歴での苦労を子供にさせたくない」という気持ちも当然あるのだが、その実子供に入学してほしいと思う学校を選ぶ最大の基準は、子供の適性よりも「自分が行きたかった学校」であることを優先させていることが多い。

それが子供の希望と同じであるのなら問題はない。だが子供からしたら、親が熱心であればあるほど自分の気持ちよりも親の希望を優先させようとする。親の期待を裏切りたくないし、その期待に応えることが子供の役割だと思っているからだ。「期待に応える子供でありたい」「親に認めてもらいたい」という思いを、子供は常に持っている。

私が勝手に習い事を決められたり、褒められることがなくても大した文句も言わず従っていたのは、やはり「期待に応えなきゃ」「認めてほしい」という思いが、自分の中に強くあったからだと思う。


例えば、17歳の我が子が17歳の時の自分と比較すると、自信も目標もなく、いい加減で頼りなく見えたとしても、「目標を持ちなさい」「どうして自信が持てないの?!」「やりたいことはないの?!」などと追い立てるのは、一見子供のためを思っての言動に見えるが、結局「自分のため」であることがほとんどだ。

「自分の子供がこの程度であるはずがない」「自分の子供ならもっとできるはず」という、ある種の「期待」が根底にある。結局自分の期待、思いを子供が満たしてくれるのを望んでいるだけだ。


血は繋がっていても、子供は親の「分身」ではない。自分ができること、自分にとって良いことが、子供にとってもそうだとは限らない。魂レベルでは「親子」という名称は関係ない。まったくの「個々」の存在なのである。

子供には子供のやり方や考え方、スピードがある。それを尊重しながら、必要に応じて手を差し伸べてやる―それが本来の親の役割だと思う。

じれったいと思っても、行きつ戻りつしているそのプロセスは、その子にとって必要なものなのかもしれない。それを黙って見守ることもまた、子供に対する信頼の証になるのだ。わざわざ口に出して言わなくても、「あなたが自分で道を切り開いていける子だって信じてるよ」という無言のメッセージになる。

そして、親からのその信頼の気持ちを受け取った時、確認した時に、子供は自分自身の力で飛ぶことができるのだ。


セラピストの仕事は、「子育て」と共通する部分が大きい。時には「四の五の屁理屈言ってないでサッサとやりなさい!」とか、「いつまで同じ所でグズグズしてるの?!」「もっとしっかりしなさい!」などと言いたくなる時もある。しかし、その度に「親の気持ちって、多分こんな感じなんだろうな~」と思うのだ。

特に、クライアントが過去や出来事に執着し過ぎて進むことを拒否していたり、故意にチャンスを手放そうとしている時等、「どうしてこの子は!」と、その様子をやきもきして見ている親と変わらない。

答えや方法だけを教えるのは簡単だ。だが、そんなインスタントで付け焼刃的なやり方は、「子供」―クライアントの為にならない。時に黙って見守り、時に励まし、そして信じ、その人の能力や意識を最大限に引き出す手助けをする―まさに「親」の役割であり、「子育て」そのものだ。

実生活では子育ての経験はないが、仕事を通して「親」の役割というものを知った今、世間の親御さんの気持ちも何となくではあるが、想像、理解ができるようになった気がする。そうした上でやっぱり思うのは、「親は親であり、子は子である」ということだ。つまり「子供は親の分身でもないし、親の道具でもない。一個人としてその存在や力を認め、信じること」が、結果「大きなもの」に繋がっていくのだと思う。

親の心を子供が理解するには時間がかかる。子供の心を親が理解することは容易ではない。だが、結局のところ「知らない、分からない」で終わるのではなく、「知ろうとする心、お互いに歩み寄ろうとする努力」といったものが、間にあるその溝を埋めるのではないだろうか。

「親の心子知らず、子の心親知らず―とはよく言ったものだな~」と、クライアントと向き合いながら思う今日この頃―。最近子供さんについて相談をされる方が多かったので、まあ親の立場、子の立場から、それぞれ思うところを記してみました。少しでもご参考になれば幸いです。


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