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寄生

 2009-05-23
やたら「人脈作り」というものにこだわる人がいる。確かに仕事をしていく上で大事な要素の中の一つだ。実際、時にはそれがものを言う時もある。だが、目の色を変えて求め歩くものでもないと思う。


20代の頃、誘われて「異業種交流会」のような集まりに参加したことがある。そういった会合の一番の目的は「人脈作り」だ。やはり、将来的に独立開業を目指しているという人、視野に入れている人が圧倒的に多かった。いわば「将来に向けての下地作り」だ。

確かに、様々な業種に携わっている人達と話をするのは面白かった。だがその反面、そこにいる参加者達の様子を見ていて、正直引いてしまったところもある。

その会場には一際目立っている人がいた。既に自分で起業して、その時点でもかなりの成功を収めている人だった。ビジネス系の雑誌等で、何回かその人の記事を見たことがある。その会場では「カリスマ」のような扱いをされていた。聞くところによると、その会合の発起人でもあるらしい。

そういった会合では、名刺交換が欠かせない。ほとんどの人は片手に名刺の束を持ちながら、あちらこちらを移動して、お互いに名刺交換を繰り返している。私もあっという間に20枚以上の名刺を頂いた。

何気なく会場を見回すと、そのカリスマ社長の周囲がすごいことになっていた。彼と名刺を交換する為に、ズラーッと順番待ちの列ができている。実際、その人の左手には、既に数センチの厚みになった名刺の束が握られている。握手を求めている人もいて、まるで人気アイドルのサイン会のようだった。

「すごいな~」と、しばらくその様子を見ていたのだが、同時に一つの思いが浮かんできたのも事実だ。「・・・寄生虫みたい」


私は、人間関係の基本は、いろいろな意味で「ギブアンドテイク」だと思っている。「与えたら受け取る、受け取ったら与える」親子関係、夫婦関係、友人関係―「人対人」のすべて関係の「元」になっているもの。いわば「法則」のようなものだ。その法則が崩れれば、関係は崩壊する。

与える一方の「ギブ」だけでも、受け取るばかりの「テイク」だけでもいけないのだと思う。そしてそれは、既に「対等な関係」とは言えない。ある意味「不均衡」、バランスが偏っている状態。そうなった時、その関係はやがて立ち行かなくなる。なぜならそれは「法則」に反しているから。


特にビジネスにおいての繋がりは、この「ギブアンドテイクの法則」が鉄則だ。お互いが、お互いの「利益」に貢献することができる、いわば「共生」でなくてはならない。どちらか一方だけしか利益を受けられない―ということはあり得ないのだ。

カリスマ社長に群がる人達を見て、「共生」というよりは、一方的に相手から吸い取り、依存する「寄生」に思えて仕方なかった。その人から何かを受け取った時、「お返し」をすることを考えている人、「自分はこの人に何を提供できるだろうか?」そう考えている人は、果たしてその中に何人いるのだろうか?―そう思った。


自分の利益に繋がる人を求める前に、まず自分が「提供できる人」にならなくてはならない。それができなければ、「ギブアンドテイク」が適わない一方的な関係であるなら、それは「人脈」とは呼べない。ただの「寄生」だ。

「人脈、人脈」と騒ぐ人ほど、相手から吸い取ることしか考えてない。そもそも自力で勝負する前から他に依存する考えを持つこと自体既におかしい。誰にも頼らず、当てにせず、最後まで自分の腕一本だけでやり抜くくらいの覚悟でいるのが丁度いい。

そういった自立の精神の上に成り立っている道の途中で、自然に出会った人とそういった関係になる―それが真の「人脈」だ。目を皿のようにして探し回っているうちは、そういった出会いはない。それはただ、寄生する相手を探しているだけ。

携帯に500人分のメールアドレスや電話番号を「人脈」として登録してあることを自慢していた人を知っているが、要求ばかりしていて、結果「自分の人脈」と呼んでいた人達から総スカンを食っていた。

友人知人、コネの数を「=自分の価値」と思い込んでいる人がいるが、その実プリクラ手帳に貼ってあるプリクラの数を自慢している中高生と何ら変わりない。肝心なのは「数ではなく質、広さではなく深さ」なのだ。


自分がそういった「あわよくば」の浅ましさを抱いている時に出会う人は、自分とまったく同じことを考えている人だと思ったほうがいい。「類は友を呼ぶ」それも「法則」の一つ。自己啓発やスピ系オタクの人達が最近騒いでいる「引き寄せの法則」でもある。

「この人と知り合っておけばこの先役に立つかも」「うまく取り入ってお客さんを紹介してもらおう」皮算用をする暇があったら、自分自身が、相手から寄生されるような人間になったらいい。そうなったら「人脈」などというものに頼らずとも、そういった繋がりを躍起になって作ろうとしなくても、十分にやっていけるものなのだ。

自分から求め歩くのではなく、逆に相手を引きつけるくらいの器になる、自立の覚悟を持って歩いていく―すべてはそこから始まるのだ。




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