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嫌われる勇気

 2009-05-22
語るべき思想や確固たる信念を持たない人は、人からの評価、特に「人から好かれているかどうか」ということを気にする。それが軸になっているので、自分に対する「批判」を「悪口」「否定」と捉えることが多い。ある種の「被害者意識」でもあると思う。

「好かれる人は否定されない、悪く言われない」という思い込みがあるので、正当な理由・意味・根拠のある「批判」を、感情や印象等にも大きく左右されやすい「悪口」として変換、処理する。

だから「悪口」を言われないために、その場の空気を読む、分別のある「大人用語」で言うところの「和を尊ぶ」言動をする。自分の信念や思想に反することであっても、その場の和や空気を乱すような恐れがある場合は、それを容易に曲げたり引っ込めたりする。

それは「大人の振る舞い」ではない。ただのご機嫌取り、「迎合」だ。「いい人」としての評価をもらうため。それに「いい人」は決して「悪口」などは言わない。なぜなら「いい人」は、人の気分を害することなど絶対にしない。「してはならない」のだ。

人には時として、優しさや甘さだけでは通用しない時がある。周りから嫌われようが、非難されようが、和を乱すことになろうが、孤立することになろうが、それをしなければならない時がある。それは自分の人としての在り方を問われる時、自分の信念を貫く時だ。それは「意固地」や「わがまま勝手」とは違う、自分が信じて揺るがない心、信念が関わっている時。


「電車の中で席を譲りたいけど、なかなかできない」そう言う人が多い。「偽善者と思われるのが嫌で勇気が出ない」

それも結局「人からどう思われるのか気になる」という部分に軸を置いているからだ。「自分がどうしたいのか」ということより、人の目、評価を優先している。

結局その根底にあるのは「嫌われたくない」という心。「偽善者と思われている→自分はよく思われてない→よく思われてないということは、嫌われているということだ→そんなの嫌だ→だから席を譲らない」こういったところだろう。

辛そうに立っているお年寄りや妊婦さんを見てみぬ振りをする。結局何もしないで「心が痛む」などと言っても全然説得力がない。後でグチグチ言うくらいなら、さっさと譲ればいいのだ。いくら心で思っていても、それを実際に行動で表さなければ意味はない。「義を見てせざるは勇なきなり」臆病なだけ。それも見当違いのところを怖がっている。

自分の信念や思想を実行するのに、人の目が最初に気になるということは、所詮「その程度」のものなのだと思う。嫌われたくなくて、自分がその場の空気を乱す「悪者」になるのが嫌で、結局「逃げている」。

その場では周りに合わせて同意したくせに、後でそれについての陰口を言う人も多い。意見があるなら正々堂々、公明正大にその場で言ったらいいのだ。見えない所で舌を出すのは卑劣極まりない。意見や文句があるのならその場で言う。それができないと言うのであれば、腹の中で思っていたとしても一切口にするな―と思う。

表面上ではいくらでも取り繕える。腹に一物を含んでの「いい人ごっこ」は寒々しい限りだ。


「宗教は天国に行くための方法を教えるのであって、天の仕組みを唱えるためのものではない」地動説を主張したためにかけられた宗教裁判の席で、ガリレオはそう言い放った。当時、教会に逆らうことは神に逆らうに等しかった。それほどまでに圧倒的な権力を持っていたキリスト教、それにただ盲目的に付き従っていた世の中に、自分の信念と思想を以って真っ向から挑んだのである。

周囲からの誹謗中傷や迫害にも動じず、堂々と自分の信念を打ち出したその姿は潔い。信念を貫くことに対して、人からの評価などまったく関係ないのだ。

人に好かれるために、受け入れられるために自分を曲げなくてはならないのなら、私は迷わず孤独を選ぶ。自分の周りに誰もいなくなることを恐怖に感じるのなら、信念など持たないほうがいい。羊の群れの中で、安全な柵の中で、仲間と一緒に仲良く草を食べていたらいい。

私は、馴れ合いと上っ面の上に成り立った関係には、まったく興味はない。たとえその道が厳しく孤独なものになるとしても、私は「子羊としての百年」よりも、躊躇うことなく「獅子としての一日」を選ぶ。

人生には時として、協調性や優しさよりも大事にしなければならないものが必ずあるのだ。





カテゴリ :Mの心象―あれこれ思うこと・感じること トラックバック(-) コメント(-)
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