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ご大切

 2009-05-20
アメリカで日本語教師をしていた時のことだ。昼休みに教師専用のラウンジにいると、私の受け持つ「ジャパニーズカルチャー・クラス」の生徒達が数名、連れ立ってやって来た。手にはそれぞれノートと鉛筆を持っている。

「何?どうしたの?」「質問があるんだけど。『I love you』って、日本語で何て言うの?」

聞くと、図工の授業で手作りのカードを作っていると言う。カードを送る相手は、それぞれの「大切な人」。両親や兄弟姉妹、祖父母、親友等、自分が大好きな人にカードで気持ちを伝えようという趣旨だった。


アメリカ人の日常は、常に「LOVE」で溢れている。夫婦や恋人同士など、顔を合わせれば年がら年中「I love you」と、やっている。遠く離れて暮らす家族との電話やメールでも、〆の言葉は「I love you」だし、市販されているカード類にも、当たり前のようにその言葉が印刷されている。

「何の花が一番好き?」と聞けば「I love rose.(バラが大好きなの)」と返ってくるし、「I love chocolate!(チョコレートには目がないんだ)」「I love Hawaii!(ハワイ最高!)」と、とにかく「LOVE」という言葉を連発する。LOVE、「愛」などという言葉を普段滅多に口にしない日本人からすると、まるで呼吸をするように、その言葉を躊躇いもなく”普通に”口にすることが、正直、安っぽいものに感じられてしまう時がある。

「どうして普通に『LIKE(好き)』じゃダメなの?わざわざ『LOVE』を使わなくても、『I really like』とか『I do like』とか『I like it so much』でいいじゃん」と思ったりもするのだが、彼らはやっぱり圧倒的に『LOVE』なのだ。


生徒達から「日本語で『I love you』は何て言うの?」と聞かれて、私はちょっと考え込んでしまった。確かにそのまま直訳すれば「私はあなたを愛しています」だ。しかし、日本語では「愛してる」という言葉を向ける「対象」はかなり絞られてくる。

例えば、中学生の女の子が自分の好きな男の子に告白する時、「愛してます。付き合ってください」とは絶対に言わない。相手が親友だとしても、ふざけて「○○ちゃん、愛してるよ~」と言うことはあっても、相手に抱いている感情は、やはり「愛情」というよりは「好意」だと思う。「好き」という言葉のほうがしっくりくる。


誰に送るのかを聞いてみると、2人が両親に、1人がピアノの先生に、もう1人が親友に―だった。両親は問題ないとしても、ピアノの先生と親友というのは微妙だ。ちょっと迷ったが、「愛してる」と「好き」、両方の表現を教えることにした。文化の違いや日本語の持つ繊細さを学ぶ良い機会でもあるので、その違い―私なりの解釈や、一般的な考えも一緒に説明することにして。

「日本ではね、『LOVE』っていう言葉は普段あまり使わないんだよね。日本人には『LOVE』ってものすごく特別な言葉だから。例えば、アメリカでは家族とか友達とか先生にも、その人のことが大好きだったら『I love you』って言うよね?でも日本人の場合、家族には『I love you』だけど、友達や先生には『I like you』っていうほうがふさわしいかな」

生徒達はお互いに顔を見合わせている。「どうして区別するの?」四歳児でさえ、幼稚園で「He is my boyfriend.(彼は私の恋人よ)」と仲良く手を繋いで、「I love you」とお互いのほっぺにチュッとやっているような国に生まれ育った彼らには、「大切な人」を、なぜ「LOVE」と「LIKE」に分類しなければならないのか理解に苦しむようだった。


あくまでも私の受けた印象と考えだが、アメリカでは、人に対して「LIKE」を使う時は「好感を持っている」程度の意味合いで使われることが多いような気がする。例えばまだ知り合って間がなく、あまりよくその人を知らない。でも話してみるとなかなか良い印象の人で好感が持てる―そんな時には「I like him.」といったように。「まあまあ好き」「割と好き」「悪くない」「まあいいんじゃない」どちらかというとそんな感じだ。「特に強い思い入れはない」といったところだろうか。

だから自分達にとっての「大切な人」に、「まあ、なかなか良いんじゃないの」という意味合いの言葉、「LIKE」を当てはめることは理解し難いものに感じられるようだった。

「I love you」を「愛してます」と、初めて日本語に訳した森鴎外が、まったくもって恨めしい。「後世の人間のことも考えろぉ~!」と、心の中で鴎外センセーに悪態をつきながら、私は説明に四苦八苦していた。


「う~ん・・・何て言ったらいいかな~」と悩んでいると、不意に高校生の頃に読んだ坂口安吾の随筆に書かれていたことを思い出した。記憶違いでなければ、多分「ラブレー氏のこと」だったと思う。

その昔、ポルトガルからキリスト教の宣教師達が日本にやって来た。その宣教師達が持っていた聖書を日本語に翻訳する時、その翻訳作業に関わった当時の日本人達は、言葉の壁に苦しみながら、聖書に登場する「LOVE」という言葉を「ご大切」と訳した―という話。

「あ、そうか・・・」と、何か腑に落ちるものがあった。「相手を大切だと思う気持ちが根っこにあったら、LOVEでもLIKEでも、どっちでもいいんだ」単なる表現上の違いに関する説明だけでなく、私が伝えたかった「核」のようなものが、そこに含まれているような気がした。


「あのね、言葉が違うだけ―って思ってみて。日本語では『LOVE』も『LIKE』も同じ意味なんだって思ってもらったらいいかな。その人が家族とか、恋人とか、夫婦とかの場合には「LOVE」、家族じゃない人、例えば先生とか友達とか隣の家のおばさんには「LIKE」を使うんだ―って思ってもらったらいいかもしれない。

アメリカではその2つの言葉の意味は結構違うけど、日本語ではあんまり差がないから。その人との関係によって使い分けるって考えたら分かりやすいかな。たとえ「LIKE」を使ったとしても、その人に対する気持ちは「LOVE」と同じくらい強いっていうこと」

生徒達も何となく納得したようだった。結局、ひらがなで「あなたをあいしてます」「あなたがすきです」、そして私の考えで、「LOVEにより近いLIKE」として「あなたがだいすきです」と、3通りの表現を教えた。「でも、友達とか先生に対しても、本当にその人のことが好きで大切なら『LOVE』のほうを使っていいからね」と言い添えて。

その日の放課後、昼休みに質問に来た生徒達が、自分達が作ったカードを見せに来てくれた。両親に宛てた子は「あなたをあいしてます」、親友、ピアノの先生に宛てた子は「あなたがだいすきです」と書いていた。親友と先生宛の子達はちょっと迷ったが、「言葉が違うだけで気持ちは同じ」という言葉を思い出して、「あなたがだいすきです」を選んだらしい。


「愛とは?」と100人に問えば、多分100通りの答えが返ってくる。そして多分、あえて言うのなら、その答え「全部が正しい」のだと思う。人の数だけ、その定義と形が存在する。でも、その根底に共通して流れているものは、その人を大切に思う気持ち、「ご大切」だと思うのだ。

愛というものは、人類の歴史が始まって以来、常に「中心」にあった。哲学や文学、芸術、様々な分野で、人はそれを表現しようとしてきた。だがそれは、決して難解なものではなく、極めてシンプルなものなのではないかと思うのだ。

かつて先人達が苦心惨憺の末、「大切」という、たった二文字の言葉で「愛」という壮大なものを表したように。相手を大切に思う心―結局すべての源はそこなのだと思う。


それから4ヵ月後、私は任期を終え、日本に帰国することになった。学校を去る日の前日、職員用ポストの、自分のボックスをチェックしていると生徒達からのカードが何十枚も入っていた。その中に、例の「I love you」の生徒達からのものもあった。

開いてみると、かなり上手に書けるようになったカタカナで自分の名前、そしてひらがなで「あなたをあいしてます!」と書いてあった。その中の1枚には「あいしてます」から矢印を引っ張ってきて、「気持ちは同じって分かってる。でも、先生には「LOVE」を使いたい」と、スマイルマークと一緒に書かれた文字があった。

帰宅後、私はカードを送ってくれた生徒達全員に、お返しのカードを書いた。連日の荷造りでクタクタだったが、どうしても彼らにサンキューカードを送りたかったのだ。そして私はすべてのカードに、日本語と英語で「I love you! わたしはあなたをあいしてます!」と書いた。なぜなら私は、彼らに「ご大切」を感じていたから。


カテゴリ :異文化見聞録―「違う」っておもしろい! トラックバック(-) コメント(-)
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