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沈黙の悲しみ(7)「遺族が受ける傷」

 2009-05-09
「トラウマ」という言葉が、世の中で当たり前のように使われるようになったのはいつ頃からだったろうか。世の中の大半の人が日常でその言葉を多用するようになって以来、その本来の意味や定義自体も「軽いもの」として捉えられるようになってしまった。

トラウマ、いわゆる「心的外傷 psychic trauma」の本来の定義は、「強い不安や恐怖や屈辱の感情を伴う心の傷」だ。

暴行・強盗・強姦・テロや戦争・大災害の被害に遭う、誘拐され人質になる、拷問を受ける、捕虜になる、大事故に巻き込まれる等、命に関わるような経験をした人、いわゆる「地獄を見た人」が受けたショック、強い恐怖感や無力感等を受けた強烈なストレスによって生じるもの。幼児期の虐待や愛情の剥奪、愛する人との別離、人生の挫折等も、そこに含まれる。

「子供の頃、無理矢理に食べさせられたことがトラウマになって、今でも○○が食べられない」そういった「一般的によくある嫌な思い出」等に対して使う言葉ではないのだ。

自死という形で身近な人を亡した時に受けるショックや心の傷は、先に挙げた「地獄を見た人」が受けるそれと、まったく同等なものであると言われている。そういった「地獄を見た人」の多くが経験する心的外傷後ストレス障害―PTSDの症状が表れる自死遺族が多いのもこの為だ。

全身の倦怠感や疲労感、不眠、頭痛やめまい、肩こり、耳鳴り、手足の震え、動悸、呼吸困難、胃腸等の消化器官の不調、焦燥感(イライラ)、抑うつ、注意力・集中力・記憶力の低下、無感動等、神経症や鬱等に見られる症状が表れたりする。感情のコントロールが困難になる、人の視線が怖い、フラッシュバック等もその一部だ。

簡単に言えば、PTSDの症状は、その体験によって受けたショックに脳が耐えられないために起こる。それは脳内物質のコントロール機能が大きく関係しているので、本人の意思でどうこうできるものではない。精神力の強さとか、性格といったものはまったく関係なく起こる。決して「弱い人間だからそういった症状が出る」ということではないのだ。

ベトナム戦争に従軍したアメリカ兵の多くが、帰還後PTSDの症状に苦しんだことは、日本でも広く知られている。その中には、勇敢で強い精神力を持った士気の高い兵士も多く含まれていたという報告がされている。それは、どんなに「強い人」であったとしても、決してPTSDとは無縁ではないという証明でもある。どんな人でも、「なる時はなる」のだ。

PTSDの症状が表れるまでの期間には個人差がある。直後(トラウマ体験後、1ヶ月未満の時点で類似の症状が現れている場合は「ASD 急性ストレス障害」)に表れる人もいれば、その出来事から何年も経ってから―という場合もある。

実際、故人の死から10年近く経ち、心の整理もついてすべてが落ち着きを取り戻したと思っていた矢先、突然陥った体調不良の原因が、10年前に起こったトラウマ体験によるもの(PTSD)だったという事例もある。

心身に関しては予測不能の部分が大半だ。しかし、もし先に挙げた症状が1ヶ月以上続くのであれば、躊躇うことなく、心療内科を受診してほしいと思う。

最初は内科の受診、そしてそこで肉体的な原因が見当たらないというのであれば、心療内科に行くことをお勧めする。適切な治療を受ければ必ず症状は改善される。一人で抱え込まず、専門家の助けを求めてほしい。

また世の中の多くの人にも、自分が知っている情報や思い込み、世間の風評等でトラウマ体験によって引き起こされるPTSDやそれに苦しむ人々―自死遺族に関わらず―を誤解しないでほしい。その人達は決して「弱い人、甘えている人、未練がましい人」ではない。

自分の知らないうちに、いつの間にかガン細胞が体内に巣くっていた―それとまったく同じことだ。自力でコントロール不可能な、自分の意思や力が及ばない所で起こる「体の問題」なのである。

同じ体験をしても、そういった症状がまったく出ない人もいる。それは「その人の心が強い」ということではない。「たまたま」、「幸運にも」その体験がもたらすショックに体が反応しなかっただけ―ということだ。

自分がよく知っていると思い込んでいる情報が、「真実」とは限らない。思い込みや決めつけに惑わされることなく、それらを認識してもらいたい。誤解と偏見―「無知」は真実を見る目を曇らせる。そういったこともまた、自死遺族を含むその他のPTSDの症状で苦しむ人達を更に追い詰めていくことにも繋がっていく。

心と体と魂は一体だ。その出来事によって、自分の心と魂が大きく傷を負ったのであれば、体も同じ位のダメージを受けている。傷ついた自分のケアをすることも、「回復」へ至るまでの必要不可欠なプロセス。自分自身を大事にすること―それを忘れないでいてほしい。

【追記】
「地下鉄サリン事件」の被害者とその家族の多くが、事件後から電車に乗れなくなったり、突然の手足の痺れや呼吸困難等、様々な不安障害の症状や強い恐怖を伴うフラッシュバック、情緒障害に悩まされ、通常の生活を送ることが困難になった。

最初の数ヶ月は職場等、周囲も理解を示していたのだが、その内「いつまで事件を引き摺っているんだ」「終わったことなんだし、助かったのだからいい加減に立ち直れ」「甘えてるんじゃないか」「もう少し強くなれば?」というような言動を被害者に示すようになった。孤立し、居たたまれなくなった被害者が仕事を辞めざるを得なくなるケースが多くあった。これも社会の人々のPTSDに対する認識不足、「無知」が招いた弊害である。


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