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自然体

 2009-04-10
「作った笑顔」は必ずばれる。「笑っていなくちゃ」そう思って作る笑顔は痛々しい。その裏に潜む「笑っていなければならない」という必死さは、いくら本人が隠しているつもりでも、周りには全部伝わっている。

その笑顔が「本物」でないということ、その人の心の深い部分から自然に発生したものでなく、無理矢理に、意図的に作り上げたものだということを、相手は一瞬で感じ取る。

その人の笑顔の大きさと、自分がその人から感じ取ったもの、その「笑顔の裏に潜むもの」のギャップが大きければ大きいほど、人は相手を「警戒」する。「そこまでして、無理をしてまで必死に笑顔で隠そうとしているものは何?」その人の抱えている「闇」の深さを無意識で感じるが故だ。

人間も所詮動物。そういった、相手が発している「気」には敏感だ。ピンと一瞬で感じるもの、「直観」から来るもの、それは「真実」を正確に突く。無意識の力を侮ってはならない。

「笑っていなくちゃいけない」と思っている健気な天使が放つその毒、それに反応した人々は、激しく五感を刺激される。痛々しさや鬱陶しさ、苛立ち、警戒―自分の中に存在する「毒」が、それに似ているほど反応は激しくなる。気にならない人には気にならない。しかし、気にならなくても「わかってしまう」。

水や空気のように無味無臭だが、実は有毒―わざと作った笑顔には、そんな毒が潜んでいる。天使の毒。作った無邪気さは有害なのだ。自分にその気がまったくないとしても、知らないところでその毒は発動している。

笑わなくてもいいのだ、笑いたくなければ。心がついてこない笑顔は仮面に等しい。

笑えない時は、礼節ある真摯な態度で相手と向き合えばいい。笑顔だけが好意や共感を示す唯一の方法ではないのだから。

今の自分の心の状態のあるがままに、素直に立っていたらいい。構えることなく、ごく自然に。無理に作った笑顔の仮面で向き合えば、相手も仮面を外さない。

自然でいいのだ。自然体で―。あるがままで―。










カテゴリ :三位一体―心と体と魂の話 トラックバック(-) コメント(-)
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