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機能不全カップル

 2009-03-30
日本性科学会が掲げる「セックスレス」の定義は、「特殊な事情(例えば病気等)が認められないにもかかわらず、カップルの合意した性交、セクシャルコンタクトが1ヶ月以上もなく、その後も長期に渡ることが予想される場合」だそうだ。

現在、国内でその定義に当てはまる夫婦は約3割、実際に1年以上性行為がない夫婦は2割、つまり今、日本の夫婦の5割がセックスレスという状態にあるということだ。だが現実には、それ以上、5割は軽く越える比率になると思う。

実際、カウンセリング中にそのことに関する悩みを話す人も多い。非常に私的な部分なので、親しい友人にも話していないと言う人がほとんどだ。そういった公になっていない潜在的な数を含めると、多分最終的には7割くらいに達するのではないかと思っている。

文化や考え方の違い等もあると思うが、アメリカでの定義は「1年に10回を下回る=セックスレス」らしい。ハグやキス等日常でのスキンシップが当たり前の国の人達から見ると、そういった習慣がない上、調査で「セックスの回数が全世界で一番少ない」ということが判明した日本人が、不思議に思えて仕方ないようだ。

アメリカ人の友人などは、「キスもハグもしない、おまけに滅多に『愛してる』って言わない、セックスもしない、一体日本人はどうやってパートナーと愛情を確かめ合っているわけ?」と半分呆れている。彼女は日本に10年近く住んでいたこともあり、日本の文化や習慣、日本人というものをよく理解している。その知日家の彼女が言うくらいだから、多分その他の多くの国の人達からしてみても、理解不可能かつ「不自然な状況」なのだと思う。

回数が多いことが良いことだとか、外国を見習おうと言っているのではない。そういったことには個人差もあるし、一概に何が良いとか悪いとか判断する基準もない。あくまでも「個人の自由」だと思う。

しかし、私自身の経験や考え等を含め、多くのセックスレスのカップルを見ていて思うのは、「お互いの体に触れない、触れる気が起こらない」ということは、やはり不自然」ということだ。「生き物」として、オスとメスとして「機能していない」ということなのだと思う。

心と体は一体だ。「病は気から」というように、心の状態が肉体に反映される。体が離れている、触れない、触れたくない、触れられたくないということは、つまり心が離れているということなのだと思う。

「セックスはしないけど、でも仲は良いです。相手のことも好きだし」と言うカップルは多い。確かにその人達の夫婦仲は悪くない。むしろ誰が見ても「仲が良いな~」という印象を持つ人達がほとんどだ。しかし、それ故に「不自然」なのだ。だったらなぜ相手に触れない?好きならどうして相手に触れたいと思わないのか?つまり、「心と体の法則」に反しているということなのだと思う。

「仕事が忙しくて疲れているから」「時間がないから」「夫婦というより『家族』になってしまっているからその気になれない」「自宅だと生活感が強くてマンネリでつまらない」セックスレスの人達の言い分は様々だ。でも実は、それは全部「言い訳」に過ぎない。

一見もっともらしく聞こえるが、「自分がセックスをしない正当な理由」を引っぱり出しているだけだ。本能は理屈ではない。本当に自分の本能が相手を求めているなら、時間とか体調とか、そんなことなど考えずに、考える前に、とっくに相手に触れている。

いくら仲が良くても、どんなに相手が良い人で、いくら好きだと思っていても、やはりその「本能」の部分が機能しないということは、自然界の法則に逆らっている「不自然な生態」なのだと思う。

以前、海外のホテル勤務をしていた友人が、現地のスタッフに「どうして日本人はハネムーンなのにツインのベッドルームを希望するの?」と聞かれたそうだ。系列のいろいろな国のホテルに転勤になった時も、その国の現地スタッフにまったく同じ質問をされて困ったと言っていた。

同じ部屋の同じベッド、同じ布団に寝るということは、実はとても大切なことなのだと思う。ちょっと寝返りを打つと相手の体にぶつかる、いつもお互いの体のどこかしらが触れている状態にあること―何でもないことのように思えるが、その「何でもないこと」にすべてが集約されているように思う。

男と女の間には、理屈で計り知れないことがたくさんある。特に感情面でぶつかり合ったりした場合、言葉でいくら説明しても完全に理解し合えることはない。仲直りしたとしても、その後もお互いの心の中では何かが燻っていることも多々ある。その燻っている何かを消す方法が、触れ合うことだ。

日頃のちょっとした行き違いとか、不満とか、そういったものもどうでもよくなってしまう―そういう理屈を越えた力がセックスにはある。お互いの体に触れる、相手の肌を感じることで、言葉では説明できなかったものが、肌を合わせた瞬間に、すべて理解できてしまうこともあるのだ。

セックスレスのカップルのほとんどは、押しなべて仲が良い。会話も多い。しかし、それは体で埋めるべきものを、代わりに言葉で埋めているに過ぎないのだ。そしてその歪みは、やがてどこかに表れてくる。不自然さは不自然な結果を招く。しかし、それは道理にかなっている。因果の理だ。

公私に渡って、多くのセックスレスのカップルを見てきたが、早かれ遅かれ、どうやら最終的には離れていくことになるようだ。自然界の、生き物の法則に反しているのだから、これは当然の結果なのだと思うが。

本来の、生き物としての本能が機能しないということは、自分が思っているよりも、相手との仲が深刻だということなのだ。「触れない、触れたくない、触れられたくない」それはその「サイン」。心の状態が体に表れる。心と体の法則はシンプルだ。そして誤魔化しは効かない。


カテゴリ :男と女・恋愛・結婚の話 トラックバック(-) コメント(-)
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