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沈黙の悲しみ(2)それぞれの孤独

 2009-03-13
母は遺書を残していた。父、私、弟、祖母、実の妹である叔母に、それぞれ1通ずつ。通勤に使用していたバッグの中に、「家族へ」と書かれた大きな封筒に一緒にまとめられていた。

アメリカから急遽帰国した私が、父から真っ先に渡されたのはその遺書だった。アメリカに住み始めて以来、時々母から手紙をもらっていたのだが、その最後の手紙も、同じエアメール用の薄い便箋に書かれていた。

その手紙は今は手元にない。自死ということもあり、警察の捜査、現場検証の折、家族宛の遺書は全部証拠物として押収され、それっきり戻ってこない。でも、今でも文面ははっきりと覚えている。

結婚や出産等、これからの人生で母親の助けが必要になることがたくさんあるというのに、こんなことになってしまって本当に申し訳ないと思っていること、私は一人でも生きていける子だから何も心配していないということ、人に後ろ指を差されないように、でも自分が思ったように自由に人生を生きなさいということ、自分の49年の人生は何も後悔がないこと―そういったことが、便箋2枚にびっしりと書かれてあった。

何度も「ごめんなさい」と書かれてあるその手紙を読んだ時、不意に今まで経験したことのないような感情が湧き上がった。自分自身思いもかけないようなものだったので、正直戸惑った。


私と母の関係は、正直あまり「良い」とは言えないものだった。「愛憎半ばする」そんな言葉が当てはまるようなものだった。子供の頃、「早く大人になりたい」と口癖のように言っていたのも、母から解放されて自由になりたいが故だ。

あれこれ尤もらしい理由を付け、その必要もないのに半ば強引に19歳で実家を出た時もそうだったが、日本語教師としてアメリカで勤務することになった時は本当に嬉しかった。「これで母から自由になれる!」そう思った。「もう私の人生にこれ以上口出しさせない」


それほどまでに母から自由になることを望んでいた私が、彼女からの最後の手紙を読み終わった瞬間に思ったことは「母に見捨てられた」。怒りや悲しみや絶望感、そういった自分でも説明のつかないような複雑な感情が一瞬のうちに湧き上がってきた。矛盾しているのはわかっている。だが、母にこう言ってやりたかった。「どうして私を見捨てたの?!」


自死遺族の大半は、私と同じ感情を体験する。「見捨てられ感」とでも言ったらいいだろうか。多かれ少なかれ、親しい人や近い関係の人が別れも告げず、はっきりとした理由も告げずに、自死という、ある意味一方的な形で自分の前から突然去っていった経験を持つ自死遺族は、生前の故人との関係の良し悪しに関係なく「見捨てられた」と感じる。

続柄も関係ない。故人が親であろうが、子供であろうが、兄弟姉妹であろうが、配偶者や婚約者、友人であろうが、感じることはまったく同じ。

最後の手紙や電話やメール、その中で、故人がどれだけ自分への愛情を表現してくれていたとしても、それは関係ない。むしろそれが強いものであればあるほど、「自分は見捨てられた、あの人は自分を見捨てた」という思いは強くなる。これは理屈で説明できるものではないのだ。

最後に示してくれた自分への愛情に感謝して、その道を選ばざるを得なかった故人を許し、理解してあげる―そんなことは分かっている。そうしてあげたい。またそうするのが遺された自分自身を納得させる一番の方法だということも十分理解している。

しかし、どうしようもないのだ。それが簡単にできたら、何年も何十年も遺族が苦しみ続けることはない。故人を許せない自分、自分を大切に思っていてくれた人に対して、いつまでもこんな思いを抱き続ける自分自身に嫌悪感や罪悪感を抱いて悩む人もいないはずだ。

自死に至る理由が何であれ、例えそれが「無理もない」と納得できるようなものであったとしても、心の中では「裏切られた」という思いが消えない。「一方的に裏切られた」という気持ちがあるから、多くの遺族は故人に対しての「怒り」を捨てられないのだと思う。遺族が感じる「見捨てられた」という思いは、「裏切られた」という意味でもある。

一番身近な人、一番親しい人に「裏切られた」という思いは、ますます遺族を孤独に追いやっていく。

「自分を信頼していなかったから打ち明けてくれなかった、助けを求めてくれなかった。こんな自分に相談しても何もならないと思っていたから、あの人は黙って逝ってしまったにちがいない」そんなふうに、「役立たずの自分」に対して強い無力感を覚える人もいる。そしてそれが人としての「無価値感」へと繋がっていく場合もある。

親しい人を突然の形で失ったことに対する恐怖から、周囲の人達と意識的に距離を置くようになる人もいる。それほど親しい人でなければ、万が一同じことが起こっても、その時のショックは少なくてすむからだ。

自死遺族の心情というのは、同じ経験をした者でなくては理解できないような複雑なものがある。感情のうねりや受けた衝撃等、そういった経験のない人達には、なかなか理解し難い。

気遣ってくれたり、話を聴いてくれたりして、一生懸命力になろうとしてくれているその気持ちは本当に有り難い。しかし、「わがまま、勝手」と言われても仕方がないことなのだが、どうしても「経験した者」と「そうでない者」との間にある壁、理解や共感の「限界」のようなものが存在することも事実だ。

私自身、そして今までお会いした自死遺族の方達全員が、多かれ少なかれその「壁」を何度となく感じてきた。テンションの違い―とでも言うのだろうか。そういった経験のない人達からしてみれば、「どうしてそんなことが?」と、ただ未練たらしく拘って、引き摺っているようにしか思えないことが、遺族にとっては一番苦しく辛い部分であったりする。

家族の死から1年経った頃、まだ立ち直れない自分の様子を見て、「もういいじゃないの」と友人に言われ、傷ついた経験のある人もいる。「もういいって、何が?いい加減に悲劇のヒロインぶるのはやめろって言いたいわけ?」そう思ったそうだ。

私も同様のことを言われたことがある。その人に他意はなかったと思う。表面上は以前と変わらない私の様子を見て、「その調子で、過去のことは割り切って前向きに生きなさい」という意味での、ある意味励ましの言葉だったと思う。しかし、自死遺族に関しては「もういい」「割り切る」という言葉、そう思える時は、多分永遠にないと思う。

一番理解してほしい部分を理解してもらえない―これは本当にもどかしく、辛く苦しいことでもある。その噛み合わない部分が、「誰も自分の気持ちを理解してくれない。自分は独りだ」という思いを余計に募らせる。自死遺族の4人に1人が「死にたいと思った経験がある」と言うのも、こういった孤独感が大きく影響していると思う。

家族とも、親しい人とも自分の胸の内を語り合えない、思いを共有できないその閉塞感は、言葉では言い表わせないものがある。そしてその感覚は、人によったら何年も、何十年も続いたりする場合もある。長く暗い、出口がまったくないトンネルに入り込んで、そこを灯りもなく一人で心細く歩いているような感覚に襲われる。

「ここからいつ出られるのだろう?この闇はどこまで続くのだろう?」そう思いながら歩き続けるしかない。時にはその暗さや、出口の見えない苛立ちに耐えかねて、叫び出したくなることもある。だが、行きつ戻りつ、折り合いをつけながら、少しずつでも進んでいくしかない。簡単にそこから抜け出す方法なんか、誰も教えてくれない。暗闇の中で、手探りしながら自分で見つけていくしかないのだ。

ただわかっているのは、その闇が途轍もなく深いということ。「孤独」という言葉の本当の意味を、自分が今はっきりと理解したということだけだ。

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