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沈黙の悲しみ(1)その衝撃

 2009-03-11
自死遺族の胸中が、第三者に向けて語られることはほとんどないと言っていい。

同じ家族であったとしてもそれは変わらない。故人のこと、故人のした行為は「家族のタブー」となり、故人に関することは、それ以降一切口にすることがない、口にすることができない雰囲気が出来上がってしまう場合もある。

故人の名前も、故人にまつわる思い出話も、会話の中に一切出ることのないよう、それを避けようとする。触れないように、忘れたかのように、まるで何も起こらなかったかのように―何気ない日常会話にさえ神経を尖らせるような状況に陥っていく。遺された家族がお互い息を殺すように、神経を張り詰めて過ごす。

自分の不用意なひと言が、今以上に家族を傷つけたりしないか、動揺させることにならないか、それが怖いのだ。なぜなら皆、もう十分傷ついて苦しんできたのだから。「これ以上誰も傷つけたくないし、傷つきたくない」そういった思いがお互いにあるので、誰も自分から語ろうとはしない。自分の中の怖れが、「もう誰も、何もこれ以上失いたくない」という思いがそうさせる。ある種の防衛反応でもあると思う。

同じ体験や思いを共有した一番近い人達、家族とさえ、互いの胸の内を話し合うことができない。それは息苦しさや悲しみと共に、例えようのない「孤独感」をもたらす。自死遺族が抱えるそういった思いは「沈黙の悲しみ」と呼ばれる。

それは、自分の感情を露にすることを否とし、耐え忍ぶ傾向の強い日本文化に生まれ育った自死遺族だけに見られる特徴ではない。オープンマインドな印象の強いアメリカでも、「胸中を明かさない、自分だけで耐える」という自死遺族の傾向はまったく変わらない。自死遺族の「沈黙の悲しみ」については、世界共通している。

自死という形で身近な誰かを失うことによって生じる衝撃の度合は、暴行・強盗・強姦・テロや戦争・大災害の被害に遭う、誘拐され人質になる、拷問を受ける、大事故に巻き込まれる等、命に関わるような経験をした人、いわゆる「地獄を見た人」が受けたショックと同じ強さと言われている。こういった被害者の多くが経験する心的外傷後ストレス障害―PTSDの症状が表れる自死遺族が多いのもこの為だ。

自分の受けた衝撃が強すぎるあまり、今の自分を保つことで精一杯になる。「誰かに話したくても話せない」というのが正確なところだと思う。なぜなら自分自身、自分の身に起こったことが信じられないのだから。通常の思考パターンなど完全に吹き飛んでいる。人に話そうにも、考えが頭の中でまとまらない。

すべてが夢の中で起こっているような気がして現実感がない。足元がフワフワして、足が地に着いてないような感じが何ヶ月も、何年も続く。自分の感情とはまったく関係なく、気がつくと涙を流していたりする。「どうして気づいてあげられなかったのか、何もしてやれなかったのか」という罪悪感、「なんてことをしてくれたんだ」という故人への怒り、自死を選ぶまで追い詰められていた故人への憐憫―そういった感情が、脈絡も無く浮かんでは消える―ということが延々と繰り返される。

「かわいそうだった」と思う次の瞬間、どうしようもない怒りが込み上げてくる。そして一瞬の後には何もできなかった自分への強烈な罪悪感が襲ってくる。そしてその次の瞬間にはまったく違う感情が―というように。その無限ループから解放されるのは、眠っている時だけだ。

周りからは通常の状態、以前の生活に戻ったように見えたとしても、それはあくまでも表面だけ。本人の中では、実は「あの時」から時が止まったままだ。今と「あの時」を、行ったり来たりしている。普通に誰かと会話をしていても、頭の中では「あの時」を絶えず巻き戻しては再生している。

「もし~だったら」「もし自分が~してあげていたら」取り返しがつかないことに対して、頭の中で、事実とはまったく異なるシナリオを書いては、何通りもの違う結末の話を想像している。

いくらそこから離れよう、今までと同じ生活に戻ろうと思って努力しても、いつの間にか、また「あの時」に戻っている自分自身に気づいて愕然とする。自分の意思とはまったく関係なしに、無意識で繰り返されるそれは、心身を消耗させる。

頭では事実を理解していても、心はそれを受け入れられない。自死遺族にとって、実はここが一番辛い部分だと思う。

「どうして?なぜ?」その間も、常に心はそう叫んでいる。その叫びは「あの時」からずっと続いている。どんなに時間が経っても、それは決して消えることはない。消えたと思っても、それはただ小さく、囁きに変わっただけだ。

母が亡くなって20年経ち、時間と共に事実や当時の母の心情も自分なりに理解し、受け止められるようになった今でも、私の中の「どうして?なぜ?」という声は消えない。そしてそれは、多くの自死遺族も同じなのだ。

*ブログ内のすべて文章の著作権は、カンテ・イスタ 樫田ミラに属します。文章の論旨・表現等の盗用や剽窃、無断引用を禁じます。当方のブログの内容や表現を、無断でそのまま用いる方がいらっしゃるようですが、モラルを守ってくださるようお願い致します。

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