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 2012-04-06
最近世間を賑わせていた「自称霊能師」による洗脳騒動、渦中にいたのが有名芸能人ということであれだけの騒ぎになったが、特別めずらしいことではない。「洗脳」など、今や世間では日常茶飯事に行われている。巷に蔓延している「スピリチュアル教」「自己啓発教」がまさにそれだ。「セミナー」「セッション」という名目で、堂々とそれを行っている。

厄介なのは、洗脳する側とされる側の双方に、その自覚がないことだ。本人達は、「真理に目覚めた」「魂が覚醒した」等と悦に入った、ある意味「非常にハッピーな精神状態」にあるので、余計にその状況に気づきにくい。だが、傍から見れば、それは完全に「洗脳の結果」なのだ。

「オーラ教教祖」のテレビ番組がきっかけで、あっという間に世間に広がった「スピリチュアルと称したオカルト教」と「信者達」を見れば、それは明らかだ。「あの方のおっしゃることはすべて正しい」とばかり、教祖のお墨付きパワースポットに押しかけたり、オーラの色を気にしたり。

「教祖様がそう言ってるから」それだけの理由で、何の疑問も抱かずその言葉や思想を受け入れているのであれば、既に洗脳状態にあると思っていい。件のタレントに関する報道を見て、「怖いねー」等と言い合っている場合ではない。他人事ではないのだ。

そのレベルが軽度であれ重度であれ、「いい人そうだし、良さそうな事を言ってるし」「周りの友達も信用できるって言ってるし」「テレビにもよく出てるし、本もたくさん出してベストセラーになってるし」ただそれだけの理由で信じ込んでいるのなら、かなり危ない。「感化」も、形を変えた「洗脳」だ。

洗脳された人間には、「自分は洗脳された」という自覚はない。だが、その事実や可能性を指摘されると、一様に激しい抵抗を見せる。自分の信じているものの正当性を頑なに主張し、否定することを許さない。スピリチュアル系ブロガーによく見られる特徴でもある。

直接でなくとも、何気なく手に取った書籍やたまたま目にしたテレビ番組を媒体にして、その状態に陥ることもある。その時の心理状態や現在自分が置かれている状況とそれが合致した場合、少しでも自分と共通する何かを感じた場合等、簡単に「洗脳を受け入れる状態」が出来上がる。シンパシーが引き起こす悪戯。

洗脳に不可欠な要素は、「繰り返し」だ。何度も何度も同じ言葉を聞かせ続ける。言わせ続ける。教え続ける。いわば「暗示」を与えるのだ。そうなるように周りから、自分から仕向けていく。内と外から「だんだんとその気にさせていく」のだ。約20年前、東京の地下鉄に猛毒のサリンを撒いた宗教団体が、座禅を組む信者に「修行するぞ、修行するぞ」という言葉を延々と唱えさせていた目的はそれ。

スピリチュアル系や自己啓発系セミナーでは、「○○のアファメーション」と称される言葉の類が、間違いなく登場する。それを折に触れて繰り返すことを推奨する。「1日に100回」「朝起きた時、寝る前に必ず」という指示が出ることもある。「私は光の存在です。私は自分のすべてを肯定します」「私の人生は必ずうまくいきます。私は成功者になります」完全な自己暗示。

最近では、重度の洗脳状態にあったスピリチュアルおたく・自己啓発おたくが、どんどん「プロ」デビューしている。いわば「宣教師」である彼らは、植えつけられた思想を、今度は他の人間に植えつけていく役割をしているのだ。皮肉なことに、当の彼ら自身、洗脳によって植えつけられたそれは、自分自身が覚醒して得た真理だと思い込んでいる。「自分がそこに到達した証だ」と。

だが実は、それは「繰り返してきたこと」で「単にその気になっている。そう思い込んでいる」だけのことだったりする。教祖様の書籍を何度も繰り返し読んだり、そこに書かれていることをまるでよく訓練されたオウムのように、一字一句違わず、話したり書いたりしてきたことを延々と繰り返してきたためなのだ。そうすることで、まるで自分が実際に体験して得たかのような気分になっているだけ。

その証拠に、時として、彼らの言動の中に矛盾が現れることがある。それは、彼らが言う「真理」と相反する性質のものだ。それこそが、彼らの「素、本音」なのだ。意識の奥底ではそれを受け入れられない。信じられない―その表れだ。外部から植えつけられたり押しつけられた「真理」は、本当の意味で根付くことはない。

スピリチュアルにしろ自己啓発にしろ、各業界で「真理」とされていることは、あくまでその業界内でのみ通用するもの。人間は千差万別だ。性格、考え方、感じ方、環境もそれぞれ違う。そういった単純にひとくくりに出来ない繊細さや複雑さを持つ人間を、たった一つの思考や方法を押しつけ、縛り、まとめあげようとすること自体、既におかしい。要は、自分達の世界が崩壊しないようにするため、それを招くような危険性のある要素を排除するための「思想の統一」なのだ。「個人」は不要だということ。

すべての真実、真実と言われているものを疑え―鵜呑みにせず、自分で調べ、考え、検証するのだ。それをしないということは、自分自身を正体不明なものに明け渡し、それが自分を侵食することを許すことになる。洗脳によって得たものなど、自分を縛りつけ、得体の知れない存在に繋ぎとめる、本来不要な鎖でしかないのだ。



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カテゴリ :はい論破!スピリチュアルと自己啓発の矛盾とからくり トラックバック(-) コメント(-)
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