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生きる意味

 2009-05-28
子供の頃、3歳年上の「カズちゃん」という幼馴染みの男の子がいた。家も歩いて1分のご近所で、物心ついた時には一緒に遊んでいた。面倒見が良くて明るい彼は、みんなから好かれる人だった。

「プロ野球の選手になりたいんだ」いつもそう言っていた。地元のリトルリーグではピッチャーで4番打者でキャプテン、元々運動神経も抜群で、野球のセンスと中学生に間違われるくらい体格にも恵まれていた彼は、既に周囲の注目を集める存在だった。実際、東京都内のスポーツで有名な私立校の関係者が噂を聞いて、彼の試合を見に来るほどだった。

「プロになった時用(笑)」と、ノートに真剣にサインの練習をしていたカズちゃんの顔を、今も覚えている。


それから数年経ったある日、信じられないことを聞いた。カズちゃんが入院しているという。それも数日後には手術を受ける予定とのことだった。病名は骨肉種。病院で検査を受けた時には既に手遅れで、左足を膝上から切断しなければならない状態になっていた。

ただ不幸中の幸いで、その時点では他の場所へのガンの転移は見られないので、足を切断すれば命は助かるとのことだった。そして手術―。カズちゃんは左足を失った。

ある時、カズちゃんの家に回覧板を回しに行った母が、目を赤くして帰って来た。「カズちゃんの様子を聞いたんだけどね。毎日泣いてるんだって。『足を返して』って。気の毒にね・・・」

療養とリハビリのため、1年遅れで高校に入学した彼は、多くのものをあきらめた。子供の頃からの夢も、「普通の生活」も。あんなに好きだったプロ野球の中継も一切見なくなった。

それから8年後、カズちゃんは24歳で亡くなった。亡くなる1年前、肺にガンが見つかった。治療を続けていたのだが、年齢が若いということもあり、進行が早かった。瞬く間に全身に転移して、もう手の施しようがなかった。

亡くなる1週間ほど前から意識が混濁し始め、そのまま眠るように逝った。昏睡状態になる2日前、そばに付き添う母親に向かって「まだ生きていたいな・・・」と呟いた言葉が、彼の最期の言葉になった。


「生きている意味がわからない」「何のために生きるんでしょうか?」カウンセリングの最中、そういった言葉を聞くことがある。「自分が生まれてきた意味を知りたい」「今生での自分の使命は?」それを知りたくて過去生回帰のセッションを希望する人も多い。

確かに「その意味」を知ることは無駄ではない。だが、誤解を恐れずに言うなら、意味など知らなくてもいいのではないかと思う。

すべてのことには意味がある。過去に起こったことにも、今起きていることにも、そして未来に起こることにも。だがその意味は、後々に、徐々に分かればいいのではないだろうか。「あの時に起こったことは、ここに繋がっていたのか」という感じで。意味など「後付け」でいいのだと思う。

「生きる意味」だとか、「自分が生まれてきた意味」だとか、いちいち理由を見つけたり、意味付けすることは必要なのだろうか?「生きること」に、「生まれてきたこと」に、何か意味を持たせないと生きていけないのだろうか?カズちゃんのように、ただ「生きていたい」と思うその気持ちだけではいけないのだろうか?「生きていこう」そう思うだけでは不足なのだろうか?

そういった意味を頭で考えている時は、「今現在」が抜けている。大抵、精神的なものを含め、今の自分自身や置かれている状況が、「あまり思わしくない時」だ。不安や焦りが強い時ほど、不安定な時ほど、人は「意味」を求めるものだ。

それを「くだらない」とは言わない。だが、そういったことを頭で考えて悩んでいる時間があったら、「今をどう過ごすか、どう生きるか」ということに意識を向けてほしいと思うのだ。「今を生きる」とはそういうことだから。

「生きるために生まれてきた」「生きるために生きている」それで十分なのだと思う。「なぜ生まれてきたのか?」「どうして生きているのか?」大切なのは理由や意味ではない。「どう生きるか?」ということなのだ。


「生きるって何?」今あなたがそう思い悩んでいる時間は、生きたくても生きることができなかった人達が、どんなに望んでも手に入れることができなかったものなのだ。あと30分―。あと1時間―。あと1日―。その人達が「生きていたい」と望んだ時間でもあることを覚えていてほしいと思う。

「なぜ自分は生きられないのか?」ではなく、「なぜ自分は生きているのか?」と考える時間があることは、とても幸せなことだ。世の中には、多くの人が日々当たり前のことのように思っている「生きる」ということさえ、叶わない人が大勢いるのだから。

人生の終盤、最期の時に「自分はこういうことの為に生きてきたのかな」と、何となくその片鱗のようなものがぼんやりとでも見えたら、それでいいのではないかと思う。そして、人生に起こった不幸を数え上げえるより、たとえ少なかったとしても、その幸せに感謝できるような人間になっていたら、もうそれで十分なのではないだろうか。


最初に意味や理由があって生まれてくるという他にも、「どう生きたか」によって、結果それが意味や理由というものになっていくこともあると思う。


もしかしたら、「なぜ生きているのか分からない」そう悩む時でさえも、「それもかけがえのない自分の人生の一部」と思えるようになることに、「生きている意味」があるのかもしれない。









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寄生

 2009-05-23
やたら「人脈作り」というものにこだわる人がいる。確かに仕事をしていく上で大事な要素の中の一つだ。実際、時にはそれがものを言う時もある。だが、目の色を変えて求め歩くものでもないと思う。


20代の頃、誘われて「異業種交流会」のような集まりに参加したことがある。そういった会合の一番の目的は「人脈作り」だ。やはり、将来的に独立開業を目指しているという人、視野に入れている人が圧倒的に多かった。いわば「将来に向けての下地作り」だ。

確かに、様々な業種に携わっている人達と話をするのは面白かった。だがその反面、そこにいる参加者達の様子を見ていて、正直引いてしまったところもある。

その会場には一際目立っている人がいた。既に自分で起業して、その時点でもかなりの成功を収めている人だった。ビジネス系の雑誌等で、何回かその人の記事を見たことがある。その会場では「カリスマ」のような扱いをされていた。聞くところによると、その会合の発起人でもあるらしい。

そういった会合では、名刺交換が欠かせない。ほとんどの人は片手に名刺の束を持ちながら、あちらこちらを移動して、お互いに名刺交換を繰り返している。私もあっという間に20枚以上の名刺を頂いた。

何気なく会場を見回すと、そのカリスマ社長の周囲がすごいことになっていた。彼と名刺を交換する為に、ズラーッと順番待ちの列ができている。実際、その人の左手には、既に数センチの厚みになった名刺の束が握られている。握手を求めている人もいて、まるで人気アイドルのサイン会のようだった。

「すごいな~」と、しばらくその様子を見ていたのだが、同時に一つの思いが浮かんできたのも事実だ。「・・・寄生虫みたい」


私は、人間関係の基本は、いろいろな意味で「ギブアンドテイク」だと思っている。「与えたら受け取る、受け取ったら与える」親子関係、夫婦関係、友人関係―「人対人」のすべて関係の「元」になっているもの。いわば「法則」のようなものだ。その法則が崩れれば、関係は崩壊する。

与える一方の「ギブ」だけでも、受け取るばかりの「テイク」だけでもいけないのだと思う。そしてそれは、既に「対等な関係」とは言えない。ある意味「不均衡」、バランスが偏っている状態。そうなった時、その関係はやがて立ち行かなくなる。なぜならそれは「法則」に反しているから。


特にビジネスにおいての繋がりは、この「ギブアンドテイクの法則」が鉄則だ。お互いが、お互いの「利益」に貢献することができる、いわば「共生」でなくてはならない。どちらか一方だけしか利益を受けられない―ということはあり得ないのだ。

カリスマ社長に群がる人達を見て、「共生」というよりは、一方的に相手から吸い取り、依存する「寄生」に思えて仕方なかった。その人から何かを受け取った時、「お返し」をすることを考えている人、「自分はこの人に何を提供できるだろうか?」そう考えている人は、果たしてその中に何人いるのだろうか?―そう思った。


自分の利益に繋がる人を求める前に、まず自分が「提供できる人」にならなくてはならない。それができなければ、「ギブアンドテイク」が適わない一方的な関係であるなら、それは「人脈」とは呼べない。ただの「寄生」だ。

「人脈、人脈」と騒ぐ人ほど、相手から吸い取ることしか考えてない。そもそも自力で勝負する前から他に依存する考えを持つこと自体既におかしい。誰にも頼らず、当てにせず、最後まで自分の腕一本だけでやり抜くくらいの覚悟でいるのが丁度いい。

そういった自立の精神の上に成り立っている道の途中で、自然に出会った人とそういった関係になる―それが真の「人脈」だ。目を皿のようにして探し回っているうちは、そういった出会いはない。それはただ、寄生する相手を探しているだけ。

携帯に500人分のメールアドレスや電話番号を「人脈」として登録してあることを自慢していた人を知っているが、要求ばかりしていて、結果「自分の人脈」と呼んでいた人達から総スカンを食っていた。

友人知人、コネの数を「=自分の価値」と思い込んでいる人がいるが、その実プリクラ手帳に貼ってあるプリクラの数を自慢している中高生と何ら変わりない。肝心なのは「数ではなく質、広さではなく深さ」なのだ。


自分がそういった「あわよくば」の浅ましさを抱いている時に出会う人は、自分とまったく同じことを考えている人だと思ったほうがいい。「類は友を呼ぶ」それも「法則」の一つ。自己啓発やスピ系オタクの人達が最近騒いでいる「引き寄せの法則」でもある。

「この人と知り合っておけばこの先役に立つかも」「うまく取り入ってお客さんを紹介してもらおう」皮算用をする暇があったら、自分自身が、相手から寄生されるような人間になったらいい。そうなったら「人脈」などというものに頼らずとも、そういった繋がりを躍起になって作ろうとしなくても、十分にやっていけるものなのだ。

自分から求め歩くのではなく、逆に相手を引きつけるくらいの器になる、自立の覚悟を持って歩いていく―すべてはそこから始まるのだ。




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嫌われる勇気

 2009-05-22
語るべき思想や確固たる信念を持たない人は、人からの評価、特に「人から好かれているかどうか」ということを気にする。それが軸になっているので、自分に対する「批判」を「悪口」「否定」と捉えることが多い。ある種の「被害者意識」でもあると思う。

「好かれる人は否定されない、悪く言われない」という思い込みがあるので、正当な理由・意味・根拠のある「批判」を、感情や印象等にも大きく左右されやすい「悪口」として変換、処理する。

だから「悪口」を言われないために、その場の空気を読む、分別のある「大人用語」で言うところの「和を尊ぶ」言動をする。自分の信念や思想に反することであっても、その場の和や空気を乱すような恐れがある場合は、それを容易に曲げたり引っ込めたりする。

それは「大人の振る舞い」ではない。ただのご機嫌取り、「迎合」だ。「いい人」としての評価をもらうため。それに「いい人」は決して「悪口」などは言わない。なぜなら「いい人」は、人の気分を害することなど絶対にしない。「してはならない」のだ。

人には時として、優しさや甘さだけでは通用しない時がある。周りから嫌われようが、非難されようが、和を乱すことになろうが、孤立することになろうが、それをしなければならない時がある。それは自分の人としての在り方を問われる時、自分の信念を貫く時だ。それは「意固地」や「わがまま勝手」とは違う、自分が信じて揺るがない心、信念が関わっている時。


「電車の中で席を譲りたいけど、なかなかできない」そう言う人が多い。「偽善者と思われるのが嫌で勇気が出ない」

それも結局「人からどう思われるのか気になる」という部分に軸を置いているからだ。「自分がどうしたいのか」ということより、人の目、評価を優先している。

結局その根底にあるのは「嫌われたくない」という心。「偽善者と思われている→自分はよく思われてない→よく思われてないということは、嫌われているということだ→そんなの嫌だ→だから席を譲らない」こういったところだろう。

辛そうに立っているお年寄りや妊婦さんを見てみぬ振りをする。結局何もしないで「心が痛む」などと言っても全然説得力がない。後でグチグチ言うくらいなら、さっさと譲ればいいのだ。いくら心で思っていても、それを実際に行動で表さなければ意味はない。「義を見てせざるは勇なきなり」臆病なだけ。それも見当違いのところを怖がっている。

自分の信念や思想を実行するのに、人の目が最初に気になるということは、所詮「その程度」のものなのだと思う。嫌われたくなくて、自分がその場の空気を乱す「悪者」になるのが嫌で、結局「逃げている」。

その場では周りに合わせて同意したくせに、後でそれについての陰口を言う人も多い。意見があるなら正々堂々、公明正大にその場で言ったらいいのだ。見えない所で舌を出すのは卑劣極まりない。意見や文句があるのならその場で言う。それができないと言うのであれば、腹の中で思っていたとしても一切口にするな―と思う。

表面上ではいくらでも取り繕える。腹に一物を含んでの「いい人ごっこ」は寒々しい限りだ。


「宗教は天国に行くための方法を教えるのであって、天の仕組みを唱えるためのものではない」地動説を主張したためにかけられた宗教裁判の席で、ガリレオはそう言い放った。当時、教会に逆らうことは神に逆らうに等しかった。それほどまでに圧倒的な権力を持っていたキリスト教、それにただ盲目的に付き従っていた世の中に、自分の信念と思想を以って真っ向から挑んだのである。

周囲からの誹謗中傷や迫害にも動じず、堂々と自分の信念を打ち出したその姿は潔い。信念を貫くことに対して、人からの評価などまったく関係ないのだ。

人に好かれるために、受け入れられるために自分を曲げなくてはならないのなら、私は迷わず孤独を選ぶ。自分の周りに誰もいなくなることを恐怖に感じるのなら、信念など持たないほうがいい。羊の群れの中で、安全な柵の中で、仲間と一緒に仲良く草を食べていたらいい。

私は、馴れ合いと上っ面の上に成り立った関係には、まったく興味はない。たとえその道が厳しく孤独なものになるとしても、私は「子羊としての百年」よりも、躊躇うことなく「獅子としての一日」を選ぶ。

人生には時として、協調性や優しさよりも大事にしなければならないものが必ずあるのだ。





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お国の匂い

 2009-05-21
仕事で年に1~2回来日するアメリカ人の友人は、「日本の空港に着くとソイソース(醤油)の匂いがする」といつも言う。「その匂いがすると、『日本に来たな~』って実感するんだ」来日経験のある他のアメリカ人の友人達にも聞いてみた。「ねえ、日本に着いた時、醤油の匂いした?」「したした!日本はソイソースの匂いがするよね」「え~?!やっぱり醤油の匂いがするんだ」

その中の1人は、アイルランド系アメリカ人のくせに、お味噌汁と漬け物が大好きという変わったヤツだ。それも赤だしの味噌汁と沢庵の漬け物に目がない。何でも大学時代のルームメートが名古屋出身の留学生だったらしく、その人が時々和食を作ってくれたという。そしてミソスープとジャパニーズピクルスにハマッてしまった。

外国人の大半が「ごめん!これだけは絶対に無理!だって3日間履いた靴下の匂いがする!」と逃げ回る納豆も全然OK。あったかいご飯の上に、納豆を一面にのせて、うっとりしながら食べている。「絶対に前世は日本人だったよね」「うん、ボクもそう思う」

そやつにも例の「醤油の匂い」の件を聞いてみたのだが、「するよ。ソイソースの匂いがベースだけど、それプラス、ボクの好きなミソとツケモノピクルスの匂いも混じってる」と言う。「ブレンドですか・・・香水じゃないんだから・・・」と思ったが、まあ醤油の匂いは確かにするらしい。

でもハタと思った。いつもアメリカに行く度に感じることだが、飛行機から降りた途端、私はいつも「アメリカの紙幣、お札の匂い」を感じる。大変申し訳ないのだが、人生で初めてドル紙幣を手にした時、「くさっ!」と思った。今でこそもう慣れたが、最初の頃はその匂いが着くのが嫌で、財布にも入れたくないくらいだった。

なんというか、発酵し始めたチーズの匂い・・・とでも言ったらいいのだろうか。ちょっとツンと鼻を刺すような・・・。獣くさいというか・・・。動物臭に近いような・・・。日本のお札とは明らかに違う。紙質等の影響なのだろうか。それをいつも感じるのだ。

アメリカ人に「空気がお札とかチーズの匂いがする」と言うと、怪訝そうな顔をする。「何も匂わない」と言う。

マサチューセッツで知り合いになったベトナム人の留学生は「ミルクとかバターの匂いがした」と言っていた。私の「お札の匂い説」には、台湾出身の子が同意してくれた。財布から1ドル紙幣を出して、二人でそれをクンクン嗅ぎながら「やっぱりこの匂いだよね!」と盛り上がったことがある。

私が「お札の匂いがする」と言って以来、友人達は仕事やバカンス等で外国からアメリカに帰ってくる度に、空港でクンクンするらしい。でもそういった匂いはやはり感じないと言う。

「日本は醤油の匂いがする」と言われても、私が何も感じないのと同じだ。自分の国の匂いが分からないというのは、嗅覚、鼻が慣れてしまっているせいだろうか。


以前LAで、アリゾナのフェニックス行きの国内線に乗り換える時、スーツケースを預けるポイントが少々混雑していた。自分の順番が来るまでそのまま待っていたのだが、どこからか結構強烈なニンニクの匂いが漂ってきた。周りの人達も「ガーリックの匂いがする」とキョロキョロしている。

とその時、「匂いの元」を見つけた。7~8メートルほど離れた所に、割と大きな声で韓国語を喋っている50代半ばくらいの2組のカップルがいた。「なるほど」私は合点がいったのだが、周りの人達は相変わらず「なんでガーリックの匂いがこんなにするの?」と訝しがっていた。

その1週間後、日本への帰国便に乗るために、私はまたLAにいた。出発時刻よりかなり早く着いたので、雑誌を買って、搭乗口の待合室のイスに座りながらそれを読んで時間を潰していた。そのうち目が疲れてきたので雑誌を読むのを止めて目を閉じていた。

すると、空いていた隣の席に人が座った気配がした。何人かで耳慣れない言葉を話している。「どこの言葉だろう?」そう思っていると、今度は何やら強いスパイスの匂いが漂ってきた。「何だか美味しそうな匂いがする。何だこれ・・・ターメリック??・・・え?カレー??・・・カレーライス??」

思わず目を開けると、私の隣にはサリーを纏った80代くらいのおばあちゃんと、多分息子と思しき50代くらいの、頭に白いターバンを巻いた男性二人が座っていた。スパイスの匂いは間違いなく、そのインド人家族から漂っていた。その時思った。「・・・インド人って、やっぱりカレー食べてるんだ」

台湾に行った時は、果物屋さんの店先のようだった。すべてのトロピカルフルーツをぎゅっと絞った濃度の高い原液を、亜熱帯特有の湿気の多い空気に混ぜ込んだ感じ。ちょっと重ための、甘い空気。メキシコは土と唐辛子が混ざった匂い。韓国に旅行した友達は、「キムチの匂いがした」と言っていた。ハネムーンがスイスだった知人は、「なんかね、とにかく清々しいのよ!空間用スプレーを一気に100本くらい撒いた感じっていうの?ミントみたいな空気だった」と言う。

その土地特有の匂いというものは、結構重要なのかもしれない。その国の本質のようなものが、割とその中に現れているような気がする。時に嗅覚というものは、視覚よりも強い印象を残す。本能に直接訴えかける性質が強いせいだろう。昔付き合っていた人がつけていた香水と同じ匂いを街中で嗅ぐと、瞬間的にその当時の記憶が鮮明に蘇る人が多いというのも、そういうことだと思う。

国が違えば匂いも違う。文化と同じだ。その匂い、文化が交差したり、混じり合ったりする空港は、なかなか興味深い場所でもある。外国の空港、特に国際便が乗り入れたりするような大きなハブ空港にいる時、そこの空気、そこにいる人達の匂いを感じることはとても楽しい。ほんのちょっとだけ、その場所、その人達の本質の欠片に触れさせてもらったような気分になるのだ。

どこかの国の空港で、しきりに空気の匂いを嗅いでいる怪しいアジア人女性がいたら、多分それは私である確率がかなり高い。

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ご大切

 2009-05-20
アメリカで日本語教師をしていた時のことだ。昼休みに教師専用のラウンジにいると、私の受け持つ「ジャパニーズカルチャー・クラス」の生徒達が数名、連れ立ってやって来た。手にはそれぞれノートと鉛筆を持っている。

「何?どうしたの?」「質問があるんだけど。『I love you』って、日本語で何て言うの?」

聞くと、図工の授業で手作りのカードを作っていると言う。カードを送る相手は、それぞれの「大切な人」。両親や兄弟姉妹、祖父母、親友等、自分が大好きな人にカードで気持ちを伝えようという趣旨だった。


アメリカ人の日常は、常に「LOVE」で溢れている。夫婦や恋人同士など、顔を合わせれば年がら年中「I love you」と、やっている。遠く離れて暮らす家族との電話やメールでも、〆の言葉は「I love you」だし、市販されているカード類にも、当たり前のようにその言葉が印刷されている。

「何の花が一番好き?」と聞けば「I love rose.(バラが大好きなの)」と返ってくるし、「I love chocolate!(チョコレートには目がないんだ)」「I love Hawaii!(ハワイ最高!)」と、とにかく「LOVE」という言葉を連発する。LOVE、「愛」などという言葉を普段滅多に口にしない日本人からすると、まるで呼吸をするように、その言葉を躊躇いもなく”普通に”口にすることが、正直、安っぽいものに感じられてしまう時がある。

「どうして普通に『LIKE(好き)』じゃダメなの?わざわざ『LOVE』を使わなくても、『I really like』とか『I do like』とか『I like it so much』でいいじゃん」と思ったりもするのだが、彼らはやっぱり圧倒的に『LOVE』なのだ。


生徒達から「日本語で『I love you』は何て言うの?」と聞かれて、私はちょっと考え込んでしまった。確かにそのまま直訳すれば「私はあなたを愛しています」だ。しかし、日本語では「愛してる」という言葉を向ける「対象」はかなり絞られてくる。

例えば、中学生の女の子が自分の好きな男の子に告白する時、「愛してます。付き合ってください」とは絶対に言わない。相手が親友だとしても、ふざけて「○○ちゃん、愛してるよ~」と言うことはあっても、相手に抱いている感情は、やはり「愛情」というよりは「好意」だと思う。「好き」という言葉のほうがしっくりくる。


誰に送るのかを聞いてみると、2人が両親に、1人がピアノの先生に、もう1人が親友に―だった。両親は問題ないとしても、ピアノの先生と親友というのは微妙だ。ちょっと迷ったが、「愛してる」と「好き」、両方の表現を教えることにした。文化の違いや日本語の持つ繊細さを学ぶ良い機会でもあるので、その違い―私なりの解釈や、一般的な考えも一緒に説明することにして。

「日本ではね、『LOVE』っていう言葉は普段あまり使わないんだよね。日本人には『LOVE』ってものすごく特別な言葉だから。例えば、アメリカでは家族とか友達とか先生にも、その人のことが大好きだったら『I love you』って言うよね?でも日本人の場合、家族には『I love you』だけど、友達や先生には『I like you』っていうほうがふさわしいかな」

生徒達はお互いに顔を見合わせている。「どうして区別するの?」四歳児でさえ、幼稚園で「He is my boyfriend.(彼は私の恋人よ)」と仲良く手を繋いで、「I love you」とお互いのほっぺにチュッとやっているような国に生まれ育った彼らには、「大切な人」を、なぜ「LOVE」と「LIKE」に分類しなければならないのか理解に苦しむようだった。


あくまでも私の受けた印象と考えだが、アメリカでは、人に対して「LIKE」を使う時は「好感を持っている」程度の意味合いで使われることが多いような気がする。例えばまだ知り合って間がなく、あまりよくその人を知らない。でも話してみるとなかなか良い印象の人で好感が持てる―そんな時には「I like him.」といったように。「まあまあ好き」「割と好き」「悪くない」「まあいいんじゃない」どちらかというとそんな感じだ。「特に強い思い入れはない」といったところだろうか。

だから自分達にとっての「大切な人」に、「まあ、なかなか良いんじゃないの」という意味合いの言葉、「LIKE」を当てはめることは理解し難いものに感じられるようだった。

「I love you」を「愛してます」と、初めて日本語に訳した森鴎外が、まったくもって恨めしい。「後世の人間のことも考えろぉ~!」と、心の中で鴎外センセーに悪態をつきながら、私は説明に四苦八苦していた。


「う~ん・・・何て言ったらいいかな~」と悩んでいると、不意に高校生の頃に読んだ坂口安吾の随筆に書かれていたことを思い出した。記憶違いでなければ、多分「ラブレー氏のこと」だったと思う。

その昔、ポルトガルからキリスト教の宣教師達が日本にやって来た。その宣教師達が持っていた聖書を日本語に翻訳する時、その翻訳作業に関わった当時の日本人達は、言葉の壁に苦しみながら、聖書に登場する「LOVE」という言葉を「ご大切」と訳した―という話。

「あ、そうか・・・」と、何か腑に落ちるものがあった。「相手を大切だと思う気持ちが根っこにあったら、LOVEでもLIKEでも、どっちでもいいんだ」単なる表現上の違いに関する説明だけでなく、私が伝えたかった「核」のようなものが、そこに含まれているような気がした。


「あのね、言葉が違うだけ―って思ってみて。日本語では『LOVE』も『LIKE』も同じ意味なんだって思ってもらったらいいかな。その人が家族とか、恋人とか、夫婦とかの場合には「LOVE」、家族じゃない人、例えば先生とか友達とか隣の家のおばさんには「LIKE」を使うんだ―って思ってもらったらいいかもしれない。

アメリカではその2つの言葉の意味は結構違うけど、日本語ではあんまり差がないから。その人との関係によって使い分けるって考えたら分かりやすいかな。たとえ「LIKE」を使ったとしても、その人に対する気持ちは「LOVE」と同じくらい強いっていうこと」

生徒達も何となく納得したようだった。結局、ひらがなで「あなたをあいしてます」「あなたがすきです」、そして私の考えで、「LOVEにより近いLIKE」として「あなたがだいすきです」と、3通りの表現を教えた。「でも、友達とか先生に対しても、本当にその人のことが好きで大切なら『LOVE』のほうを使っていいからね」と言い添えて。

その日の放課後、昼休みに質問に来た生徒達が、自分達が作ったカードを見せに来てくれた。両親に宛てた子は「あなたをあいしてます」、親友、ピアノの先生に宛てた子は「あなたがだいすきです」と書いていた。親友と先生宛の子達はちょっと迷ったが、「言葉が違うだけで気持ちは同じ」という言葉を思い出して、「あなたがだいすきです」を選んだらしい。


「愛とは?」と100人に問えば、多分100通りの答えが返ってくる。そして多分、あえて言うのなら、その答え「全部が正しい」のだと思う。人の数だけ、その定義と形が存在する。でも、その根底に共通して流れているものは、その人を大切に思う気持ち、「ご大切」だと思うのだ。

愛というものは、人類の歴史が始まって以来、常に「中心」にあった。哲学や文学、芸術、様々な分野で、人はそれを表現しようとしてきた。だがそれは、決して難解なものではなく、極めてシンプルなものなのではないかと思うのだ。

かつて先人達が苦心惨憺の末、「大切」という、たった二文字の言葉で「愛」という壮大なものを表したように。相手を大切に思う心―結局すべての源はそこなのだと思う。


それから4ヵ月後、私は任期を終え、日本に帰国することになった。学校を去る日の前日、職員用ポストの、自分のボックスをチェックしていると生徒達からのカードが何十枚も入っていた。その中に、例の「I love you」の生徒達からのものもあった。

開いてみると、かなり上手に書けるようになったカタカナで自分の名前、そしてひらがなで「あなたをあいしてます!」と書いてあった。その中の1枚には「あいしてます」から矢印を引っ張ってきて、「気持ちは同じって分かってる。でも、先生には「LOVE」を使いたい」と、スマイルマークと一緒に書かれた文字があった。

帰宅後、私はカードを送ってくれた生徒達全員に、お返しのカードを書いた。連日の荷造りでクタクタだったが、どうしても彼らにサンキューカードを送りたかったのだ。そして私はすべてのカードに、日本語と英語で「I love you! わたしはあなたをあいしてます!」と書いた。なぜなら私は、彼らに「ご大切」を感じていたから。


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べジーな人々

 2009-05-18
人様の嗜好をとやかく言う気はないが、菜食主義の人達―ベジタリアンを見ていると、何かこう、時々「バランスの悪さ」のようなものを感じる時がある。

以前アメリカのマサチューセッツに住んでいた時、勤務先の学校の校長先生のお宅にお世話になっていたことがある。その家には17歳の高校生の女の子と、14歳の中学生の双子の姉妹がいた。その双子のうちの一人がベジタリアンだった。

ベジタリアンには「種類」がある。①植物性食品に加え、ミルクやチーズ等の乳製品を食べる「ラクト・ベジタリアン」、②植物性食品、乳製品に加え、卵も食べる「ラクト・オボ・ベジタリアン(「オボ」は卵の意味)」、③卵や乳製品、魚介類も一切食べず、摂取するのは野菜やフルーツのみ。皮、シルク、ウール等の動物製品も身につけない「ビーガン」。

その子は、ベジタリアンの中でも最もストイックな「ビーガン」だった。20年ほど前のアメリカでも、菜食主義の人達はいたが、野菜とフルーツしか食べない14歳の中学生をその時初めて見た。ピザとハンバーガーとコーラが定番のアメリカのティーンエイジャーの中では、彼女は「異色」だったと思う。

例えば夕食に、ミートローフとボイルしたアスパラガスが出たとする。彼女が食べるのはアスパラガスとパンと水だけ。しかも、そのパンもバターやミルクは使用されてないもの。「彼女専用」に用意されたものだった。

家族の中ではその子だけがベジタリアンだった。当時22歳だった私でさえ、14歳の育ち盛りの中学生が野菜とフルーツしか食べない様子は「大丈夫なの?」と心配になるくらいだった。両親からしてみたら尚更だったと思うが、何を言っても彼女が聞き入れないので諦めていたようだった。

ある時、その家族が「和食を食べてみたい」と言うので、材料も手に入りやすく、アメリカ人にも馴染みのある物が入った「肉じゃが」を作ることにした。こういうこともあろうかと、日本から醤油や粉末の鰹だしを持ってきていた。その子用には、牛肉を抜いたものを別の鍋に用意した。

「へえ~、これが和食なんだ」「なんだか良い匂いがするね。おいしそう」他の家族とワイワイ話しながらお皿に盛りつけようとしていた時、その子がキッチンに入ってきた。そして、ある物に目を留めた。「これは何?」それは粉末の鰹だしが入った瓶だった。「ああ、それはドライボニート(乾燥させた鰹)のパウダー。和食では欠かせないものでね。それを使うと味に深みが出たりするの」

「これを入れたの?」「うん」「じゃあ私食べない」「え?何で?」「だってこれ魚なんでしょ?私、肉や魚は食べないから」その時初めて、「ほ○だし」が動物製品であること、ベジタリアンの定義に引っかかるものであることを知った。「ビーガン」という言葉を知ったのも、その時だ。

何となくキッチンに気まずい雰囲気が流れた。事前に確認しなかった私も悪いのだが、たった二振りくらいの鰹の粉まで拒否されるとは思ってもみなかった。彼女の両親があれこれ取り成そうとしたが、「魚が入ってるから食べられない」の一点張り。私達が食事をしている間、彼女はリビングでテレビを見ながらリンゴを齧っていた。

知り合いのアメリカ人のご夫婦も、ベジタリアンだ。奥さんは、乳製品を食べる「ラクト・ベジタリアン」、ご主人は「ビーガン」だ。最近奥さんの方が健康上の理由から魚介類を食べることを医師に勧められて、時々魚を食べるようになった。だがご主人は、そのことを非難するという。

最近日本でも「マクロビ」の流行等で、野菜中心の食生活を送る人、肉食をしない人が増えてきた。何を食べようとその人の自由なのだが、「自分の主義と正反対の人」と一緒に食事をする時は、少し考えてほしいと思うことがある。

どうもベジタリアンの中の一部の人達は、肉食をしない自分達のことを、「霊的に進んだ上等な人間」と思い込んでいる節がある。「まだ肉を食べてるの?」そんな感じで見下すような言動を取る人が現にいるのだ。

一緒に食事をしている時に、「あれは食べられない、これもダメ」と横で延々と文句というか、薀蓄を披露したり、菜食主義の素晴らしさを熱く語って、周りの人に「改宗」をしつこく勧めたり。正直うんざりして食欲もなくなってくる。非常に面倒くさい。主義主張があるのは結構だが、それを人に押しつけないでほしいと思う。

私の偏見かもしれないが、ベジタリアンの人はどうして「パサパサ」な人が多いのだろうか。脂が抜け切って、肌がカサカサになっている感じがする。土気色で透明感のない肌。特にスピリチュアル系のベジタリアンは、この「パサパサ系」が多いような気がする。

菜食主義も、ある意味「偏食」だ。人間が生きていくためには、肉や魚、米、油等に含まれているたんぱく質、炭水化物、脂質が必要不可欠だ。それを一切摂取しないということは、完全にバランスを欠いている。野菜や果物だけでは、生命活動に必要な栄養分は賄えない。「バランスよく摂取する」それが一番大事なことだと思う。

いろいろな所でよく聞くが、菜食信奉者で「キレる人」が多いのはなぜだろう?ベジタリアンになると、精神的に安定して穏やかになるなどと言われているが、その実逆ギレすることが多いのは、その穏やかで安定した精神を持っているはずのベジタリアンだったりする。私の周りでもそれを不思議がる人が多い。

心と体と魂は三位一体。野菜やフルーツしか取らないというバランスの欠いた食生活を送っていれば、体に影響が出る。そして体に影響が出れば、密接な繋がりがある心や魂のバランスまで崩れてくるのは当たり前のことなのだ。偏食の与える影響は体だけに留まらない。

お肉でも魚でも野菜でも、何でも美味しくいただいたらいいのに、と思う。「魂の向上のためには菜食が一番」とか「肉食は霊的に遅れている」とか、得意げに薀蓄を語って悦に入っているのは勝手だが、あくまで自分だけにしてほしいと思う。大体、食生活の内容で人としての価値が決まるなどと思い込んでいる時点でどこかズレている。

あーだこーだと文句を垂れ流している人と一緒に食事をするのは真っ平だ。どんな物も「おいしいね!」と賑やかに食べられる人と、たとえとんでもない味の物でも「洒落にならないね~」と笑いながら食べられる人と食卓を囲むのが一番だ。


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カルマ・因縁・屁の河童

 2009-05-15
「ミラちゃんさ」「はい?」「どうして君は穴が開いているほうにばっかり行こうとするわけ?」「穴?穴って何ですか?」「僕はさ、君が落ちないようにと思って、道に開いてる穴を全部一生懸命埋めてるわけよ。『さあこれで安心だ』と思ったら、君はまだ埋めてない穴のあるほうに歩いていくんだよな~」

もう7~8年前になるが、インディアンジュエリーの仕事を立ち上げる時、ものすごくお世話になった方から溜息混じりにそう言われたことがある。その当時、右も左も分からない業界に飛び込んだ私は、その方から見たら多分すごく頼りな気に見えたのだろう。年齢も10歳ほど違っていたので尚更だったと思う。

ご自分が仕事を立ち上げる時、大変苦労をされた方だった。「だから君は苦労するな。苦労する必要はない」いつもそう言われていた。それはとても有り難いことだった。いろはも知らずに飛び込んだ業界で、そういったバックアップや道をつけてもらえる人がいることは、ラッキー以外の何物でもない。

最初の頃は、素直にその方のアドバイスに従っていた。だがそのうち、自分の中に「違和感」が芽生えてきた。確かにそのアドバイス通りにやっていれば、何の苦も無く、楽に物事が進むのは分かっている。だが、それは私のやり方、「私流」ではなかった。

そうなったら話は早い。率直に私の思いを伝えて、散々話し合った末「わかった。思った通りにやったらいいよ」またまた溜息混じりに言われてしまった。「君は素直が服を着て歩いているような子だけど、言い出したら聞かないからね」

買い物でも、何か物事を決める時でも、私は即決することが多い。その代わり、人からどんなに勧められても、それがどんなに良いものだと分かっていても、自分の中にピンと来るものがないと、私はテコでも動かない。そして、そうやって選んできたものに間違いがないこと、「自分が選んだものが正しいもの」という信念が揺らいだことは今までに一度もない。

自分が選んだ道の途中がどんなに険しいものであったとしても、いつも最後には「やっぱりこれでよかった」と思える。結局、「自分が選んだ道が一番良い道」なのだと思う。そして、どんな時も「今歩いているこの道が一番良い道」と、胸を張って言えるようでいたい。

私には目標がある。それは、この人生が終わる時、最期の時に「楽しかったぁ!」という言葉で終われる人生を送ること。自分の寿命があと10年あるのか、30年あるのか分からない。ひょっとしたらあと数年しかないということも十分考えられる。先のことなど誰も分からない。

「やっぱりやっておけばよかった」後悔しながら最期を迎えたくない。多少リスクを伴っても、自分が「やりたい」と思うことをやろうと思う。その選択によって、寿命が大幅に縮むことになろうと、世間から「気の毒」と思われるような境遇になろうと、「自分が選んだ道」なら決して後悔はしない。実際、そうやってきた今まで、後悔したことは何ひとつない。

「やった後の後悔よりも、しなかった後の後悔のほうが何倍も大きい」心理学でも言われていることだ。多分、現在やろうかどうか迷っていることを実行しなかった場合、今から一年後、「一年前にやっておけばよかった・・・」と絶対に思っているはずだ。

確か中学校3年生くらいの時だった。関東某県で知らない者はいないというくらい評判の占い師だか霊能師だかの人のところに、両親が実家のお墓のことを相談しに行ったことがある。とにかくよく当たることで有名で、待合室になっている30畳ほどの和室には、いつも入りきれないほどの人が集まっているとのことだった。

「先生」と呼ばれる、当時70代後半くらいのそのおばあちゃんに鑑定してもらうために、わざわざ九州や北海道からもやって来る人がいるらしい。そのあまりの評判に、マスコミが世間に担ぎ出そうといろいろ画策しても、頑として断り続けているような人だそうだ。

その先生にお墓のことをあれこれ相談して、そのついでに家族についても鑑定してもらったらしい。名前と生年月日を聞いただけで、こちらが何も言わないうちからズバズバといろいろなことを言い当てていく。

私については「この子は稀に見る強運の持ち主だね。しっかりしてるし、何も心配ないけど、西の方角、関西や九州、西日本方面には絶対に行かせないように。進学とかね。特に嫁に行かせたらダメだよ」とのことだった。「運勢的によろしくない」らしい。はっきり言えば「不幸になる」とのことだった。そこには、ご先祖様の代からの因縁とか、私の生まれ持った業(カルマ)とか、そういった「見えない世界」のことが絡んでいるらしく、いろいろと説明されたらしい。両親がお暇する時も、「西日本はダメだからね」と念押しされたとのこと。

そしてその13年後、私は「禁断の西日本」、大阪に嫁に来てしまった。社内結婚した相手は大阪出身だった。実家が経営している会社を継ぐことになったので、必然的に大阪に住むことになったのだ。結婚を決めた時、あの「西日本はダメ」という言葉もチラッと頭をかすめはしたが、「いちいちそんなの気にしてたら何にもできなくなるじゃん。ま、何とかなるさ♪」と、大して悩みも考えもせず、お気軽に来てしまった。

それから現在まで、離婚を含めいろいろあったが、自分のことを不幸と思ったことはない。一般的に、女性は離婚後実家に戻るか、実家近辺に住むことが多いようだが、私は今も大阪に居座っている。今年で大阪在住14年目になるが、至って快適な毎日だ。当然、大阪に来たことも、大阪で起こったことについても、まったく後悔や「しまった~」と思ったこともない。だってそれは全部私が自分で決めたことだから。その人と結婚することも、その人と大阪に住むことにしたのも、全部自分が納得して決めたことだ。後悔なんかするわけがないのだ。

因縁とか、カルマとか、そういったものは存在すると思う。だが、必要以上に気にしたり、それに縛られる必要はないと、私は思っている。生きていればいろいろなことがあるのは当然だし、もしそういったものが原因で何かが起こったとしても、その時々で対処していったらいいだけだ。備えることは大事かもしれないが、それに囚われ過ぎて信念や行動を曲げたり、安全パイをキープする為に自分自身を「制約、制限」して生きていくことは、私はしたくない。少なくとも、それは「私流」ではないから。

人からどう思われようと、どんな状況になろうと、自分自身が納得しているのなら、結局それが「一番良いこと」なのだと思う。少なくとも今まで私はそう思ってきたし、今も変わらずそう思っている。「自分がやりたいことをする」それでいいのではないだろうか。

今までの、平穏無事という言葉とは無縁の波乱万丈なこの人生、正直カルマとか因縁とか、もう「そんなの関係ねえ!」というか、とうにそういったものを突き抜けてしまった感がある。今更因縁だのカルマだの言われても、あまりピンと来ない。もしそれが原因で何かが起こったとしても、以前の経験や出来事を越えるものはなかなかないと思う。多少のことでは動じない肝が据わってしまった。「矢でも鉄砲でも持って来い!」という感じなのだ。

それに、見えない世界のことより、生きている人間の方がよっぽど怖い。だから私は、自分の思った道を行く。自分のやりたいことをやる。人からどう思われようと、自分が心の底からやりたいと思ったことをやり、進みたい道を歩くのだ。そうすれば、例え穴に落ちようと、全身傷だらけになろうと、「やっちゃった♪えへへ♪」と笑ってまた歩き続けることができる。実際、今日までそうやって歩いてきたのだから。そしてこの人生の最期に「楽しかった!」と思えたら、もう万々歳だ。

人生は「成るようにしかならない」ものなのだ。カルマや因縁といったものに怯える必要などない。「カルマ上等!因縁上等!」くらいに思っていたらいいと思う。それに笑って向き合える余裕、受け止められる余裕があれば、それでいいと思うのだ。

だから私は、「私流」で、好きなように、思ったとおりに今日を生きる。
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サンクチュアリ

 2009-05-14
巷で出版されているネイティブアメリカン関連のムック等に、かなりの割合で「撮影禁止」の場所から撮ったと思われる写真が掲載されている。

掲載されている写真の大半は、アリゾナやニューメキシコで撮られたものだ。その2つの州には、インディアンジュエリー等で日本人にも馴染み深いナバホやホピ、ズニ族の居留地があるし、やはり、あのそびえ立つ大きな岩と赤い大地、蒼過ぎて時に黒に近い藍色にも見えてくる空が与えるインパクトは強烈だ。絶好のアイキャッチになる。非常にフォトジェニックな場所なのだ。


数年前、某出版社のネイティブアメリカンをメインにしたムックの冒頭に掲載されていた写真は、キャプションは付いていなかったが、ニューメキシコのアコマで撮られたものだとすぐに分かった。「スカイシティー(天空都市)」と呼ばれる高い岩の台地、メサの上にある居留地は何度も訪れている。

すべて見覚えのある風景だった。だが、その中の1枚に写っている風景は、間違いなく禁を犯して撮られたものだった。その場所は、スカイシティーの少し手前にある絶景ポイントだ。高いメサの上から赤い大地と所々に生えているピニョン松、そびえ立つ岩山や地平線等が360度見渡せる。

そこでは風の音以外、何も聞こえない。ほとんど無音に近い状態となる。そこから地上を見下ろしていると、自分が別空間に迷い込んだかのような感覚に陥る。この世とあの世の境にいるような、そんな不思議な感じのする場所なのだ。

そこには1枚の小さな木の札が立っている。「NO PICTURES」撮影禁止を告げる札。しかし、見張りの人も誰もいない。近くに監視小屋や民家等があるわけでもない。もともと人気がない場所で、ごくたまに、居留地を訪れる観光客や偶然通りがかった人が風景に惹かれて車を数分間止めるくらいだ。

掲載されていた写真は、間違いなくその場所で撮影されたものだった。

ネイティブアメリカンの居留地は、カメラやビデオの撮影が禁止されている。居留地によっては、ビジターズセンターのようなものがあり、そこでカメラやビデオを一時預けするようになっている場合もある。撮影禁止の理由は、住人のプライバシーの保護、部族の掟や思想等に基づいている。

監視する人もなく、大々的に注意を受けることもなく、あるのは「撮影禁止」と書かれた1枚の札だけ。ある意味自分の中のモラルや人としての心根を試される時と場でもある。

どの国、どの民族にも、手を触れてはならない、何者も犯してはならない「聖域」というものがある。それは「タブー」という言葉にも置き換えることができる。

例の写真の撮影者は、間違いなくあの札を見たはずだ。確かにあの絶景は、プロのカメラマンでなくてもレンズを向けたくなる衝動に駆られる。日本では絶対に見ることのできない景色。記憶だけでなく、写真でも残しておきたいと思うのは当然だ。

だが、いくらプロ魂に火が点いたとしても、ぜひ読者に見せたいと思ったとしても、その写真が構成上どうしても必要だったとしても、やはり撮影してほしくはなかった。それを破ったということは、ネイティブアメリカンの人々の聖域、心髄の部分を踏みにじったということだから。

「たかが札一枚の問題」と思う人もいるかもしれない。だが、「されど札一枚」でもあるのだ。


最近東京の築地市場で、外国人観光客のマナーの悪さが問題になっている。関係者以外立ち入り禁止の場所まで入り込んでくる人、売り物の魚をタバコを吸いながらベタベタ触る人、競りのやり取りに支障をきたす為にフラッシュ禁止となっているのに、平気でカメラのストロボを使用する人―。

最近よくテレビで流れているその光景を見て、不快に感じた人は多いと思う。つまりはそれと同じことなのだ。自分の国で、外国人が無遠慮に好き放題に振舞っている姿を見て、どう思うか―。

撮影禁止の場所で写真を撮ることも、それとまったく同じこと。ネイティブアメリカンの文化や存在を尊重していない、軽視しているということだ。いくら表面上を取り繕っていても、そういった心根の部分は相手には必ず伝わっている。


そういったことが関係しているのかは分からないが、そのムック全体の出来は通り一遍のものだった。ジュエリーのアーティストやエルダー(長老)とのインタビュー記事も、文章で「それらしく」作っているが、特に深いことを言っているわけでもなく、全体的に上っ面だけの薄い内容だった。過去に出版されたものの焼き直しという感じが否めない。

ネイティブアメリカンは「人を読む」。また、「身内」と「そうでない人」の区別がはっきりしている。表向きはフレンドリーに接していても、相手によって言葉を選ぶ。彼らの「本音」を引き出せなかったのは、多分、例の写真を撮ったカメラマンを含め、取材者が心根を「読まれた」ということだ。


アリゾナのホピの居留地のビジターセンターの壁には、様々な国の言葉で「居留地内では写真を撮らないでください」と書かれた紙が貼ってある。もちろんそこには日本語で書かれたものもある。スタッフに聞くと、何年か前、訪れた日本人観光客に書いてもらったとのことだった。

ホピの居留地を訪れるツアーは人気が高い。世界各国から観光客が訪れる。もちろん日本人観光客もそこに含まれている。残念なことに、その中にはルールを破って写真を撮る人もいるらしく、日本語の注意書きが加わったらしい。

ネイティブアメリカンの居留地は、高いメサの上や手付かずの自然の中等、大抵眺めの良い場所にある。思わず息を呑むような景色が広がっているので、写真を撮りたくなる気持ちも分かる。旅行の思い出や記念として、何かの形で残しておきたいと思うのも当然だ。

だが、やはりそこは彼らの思いを尊重すべきだと思う。「撮影禁止」の札一枚で、人としての自分、自分のモラルや心根がそこで試されているのだ。どこまで自分の欲を制御できるか―自分との対峙でもある。

そういった部分を大事にできる人は、多分自分自身も、自分の周りにいる人達の「聖域」も大事にできる人だと思うのだ。そしてまた、相手からも自分の聖域を尊重してもらえる。信頼というものは、目には見えない所で育っていくのだ。

聖域を侵すということは、自分自身を貶めることでもある。それは侵すものではなく、尊ぶものなのだ。






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カルマの実相

 2009-05-13
「今生でのカルマを解消するアチューンメント(エネルギーの伝授儀式)を受けた」と、嬉々としていた人がいた。「カルマが解消されたから、これで安心」等と言っている。

精神世界でもお馴染みの「カルマ」や「因縁」というものを、完全に勘違い、「マイナスの影響を与えるもの」「悪いもの」という前提で捉えている。だから自分の魂や人生の中から、そういった「負の存在」が消えて無くなるということは、多額の借金が全部チャラになったような気分になるのだと思う。

カルマ解消のアチューンメントを行う側も、それに嬉々として飛びつく側も、浅ましさしか感じない。大体「カルマ」や「因縁」の本当の意味を理解していれば、こんな「エネルギーでカルマを解消!」等という発想や、それに安易に飛びつく気持ちは出てこないはずだ。


カルマとは、過去生などから自分の魂が持ち越してきた「宿題とお土産」である―と、私は思っている。

今生の前には、いくつもの過去生が存在する。人によったら何百回、何千回と輪廻転生を繰り返す。その魂の輪廻の過程で、やり残したことや犯した間違い等「本来そこでやっておくべきだったこと、気づくべきことだったこと」、いわゆる「やり残した宿題」を今生で仕上げたり、やり直したり、新しく手がけたりするために、魂は生まれ変わってくる。

数々の過去生を通じて努力したこと、やり遂げたこと、その過程で得た才能、人に対して行った善行やそれに伴って積み上げてきた良心や道徳心―それが「お土産」。

「カルマ=罰、復讐」と思い込んでいる人が多いが、そうではない。やるべき宿題が終わっていないのだから、それを終わらせることは当然のことだ。良いとか悪いとか関係なく、自分自身が取った行動に見合った結果が返ってくる―「因果応報」の理。それがカルマだ。


「因縁」に関しても同じこと。確かに過去生やそこでの行い、先祖が犯した罪や代々の確執、霊による影響等、「見えない世界」の部分の影響も多分にある。だが、それだけがすべてではない。

因縁とは、まさに「因」と「縁」で成り立っているもの。原因(因)があって、それに応じた結果になる為の条件(縁)―それが「因縁」。仏教では「物事や出来事の理由、なぜそうなったのか―それを知っていること」を指す。決して恐れたり、不安を感じたりするものではないのだ。


過去生回帰のセッションをする度に実感することがある。今生でその人が一生懸命に取り組んでいることはもちろんのこと、「辛い」「悲しい」「苦しい」と思っていること、いわゆる「カルマ」に該当するとされているものさえも、魂レベルではすべて納得して受け入れているということ。

その人自身が、この世に肉体を持って生まれる前、魂だけの状態の時に、全部自分で納得して、それに取り組むこと、理解することを決めてきているのである。

そして過去生に触れることによって、そこにある因果や因縁の理、仕組みというものを、意識の深い部分で理解できるようになる。すべてのことには原因や意味、理由があり、それに応じて訪れた結果が現在であり、今の自分であり、今自分が置かれている状況なのだ―ということを実感する。

「今の自分がこんな状況で苦しい思いをしているのは、決して罰でも仕返しでもない。ちゃんと理に適った一連の流れの中で起きている『単なる現象』なんだ」

そこを理解した人は、やれカルマだの、やれ因縁だのと騒ぎ立てることも、それを解消する為のアチューンメントやらにも目もくれなくなる。意識が「現在」に向かうので、先のことを心配し過ぎて不安になることもなくなっていく。過去生回帰を受けた後、「フリーク」と自称する人でさえ、占いやチャネリング、リーディングの類にまったく興味を示さなくなる。

カルマや因縁に苦しめられる「被害者」という意識に囚われているうちは、多分何も変わらない。嘆いているヒマがあったら、持ち越してきた「宿題」にさっさと取り組んだ方がいい。アチューンメントで解消できるカルマなんて、どの道大した程度のものではないのだ。

カルマや因縁の本来の定義を自分で確かめもせずに、まるでそれが「呪い」でもあるかのように恐れおののく必要などない。

誰かに、何かに肩代わりしてもらったり丸投げして得た安楽さの「ツケ」は、必ずどこかで返ってくる。なぜならそれこそが、自分がしたことと見合った結果が必ず返ってくる「因果の法則」、カルマなのだから。









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6月 自死遺族グリーフケアの会開催日時

 2009-05-11
6月のグリーフケアの会、開催日時のお知らせです。


■日時 : 2009年 6月7(日) 13時~16時

■場所 : ヒプノセラピールーム カンテ・イスタ内

■参加費用 : 無料

■参加定員 : 4名(先着順)

■申し込み方法 : 6月5日までに、メールまたはFAXで参加希望の旨をお知らせください。

*詳細は以下をご覧ください。




■参加資格 : 原則として「自死遺族」であること          

・父母・兄弟・姉妹・子供・配偶者等、故人と「家族・親戚関係」にある人
          
・故人と、婚約者・恋人・親しい友人関係にあった人


■参加条件 : 特にありません(年齢・性別・宗教等は問いません) 
ただし、現在精神科・心療内科に入院・通院中の方で参加ご希望の方は必ず担当医にその旨を伝え、参加許可を得てください。


■参加費用 : 無料


■開催場所 : 「ヒプノセラピールーム カンテ・イスタ」内
地下鉄千日前線・中央線「阿波座駅」下車⑨番出口より徒歩3分)
詳細な地図は、①ブログ右側の「リンク先」から「ヒプノセラピー カンテ・イスタ」をクリック
→サイト内の「アクセスMAP」をご参照ください。


■開催日時 : 毎月第1日曜日 午後1時~4時


■定員人数 : 4名(最多時)


■参加方法 : メールまたはFAXで申し込み(本ブログ右側下部にあるメールフォームからでも申し込み可能です)

・メール(PC・携帯)でのお申し込み : info@cante-ista.jp

*PCご利用の方へ:当方のプロバイダーはyahooです。yahooメールを受信拒否設定にしている方は、設定を解除してくださるようお願い致します。

*携帯メールご利用の方へ:PCからのメールを受信拒否に設定している方は、設定を解除してくださるようお願い致します。


・FAXでのお申し込み : 06-6443-6807

申し込み時に、「氏名」「緊急連絡先(電話番号・メールアドレス)」「故人との関係」を必ず記入してください。
尚、お申し込みをいただいた時点で、既に定員数に達している場合は、翌月に回っていただくことに
なりますので、その旨ご了承くださるようお願い致します。早目のお申し込みをお勧めします。

お申し込みをいただいてから、1~2日以内に折り返しご連絡をさせていただきます。
2日以上経っても返信がない場合、こちらにメールやFAXが届いていない可能性があります。
もしくは、参加希望者側のPCや携帯の受信設定でこちらからのメールが届かないということも時々あるようです。

その際は、受信設定や迷惑メールホルダー等を確認した上で、再度ご連絡をいただけますようお願い致します。


■留意事項

①グリーフケアの会は、「グループシェアリング」という、複数の人々が同時に集い、話し合うスタイルを採択しています。最大定員数は5名(主催者の樫田ミラを含む)を想定していますが、
申し込み状況によっては、定員数以下での開催となる場合もありますので、ご了承ください。

また、会に出席する際、他の参加者にプライバシー(氏名等)を晒したくない場合は、
「匿名」での参加も可能です。お申し込み時にその旨をお知らせください。

②会への参加は、参加者の意思に任されています。
「継続的に参加し続けなければならない」といったような強制等は一切ありません。
ご自身が「一度の参加で十分だ」と思えばそれで結構ですし、「また参加したい」と思えば、
いつでもお好きな時に参加していただけます。完全に個人の自由意思です。

③宗教の勧誘や物販等の「利益」を目的とした参加、精神医学・心理学等の「研究」目的の参加・見学等を前提としたお申し込みは固くお断り致します。
もし、他の参加者からその旨に関する苦情や訴えがあった場合、理由の如何を問わず、
今後の会の出入りは禁止させていただきますので、ご了承ください。

④参加者の個人情報は、法の定める守秘義務に基づき、厳重に保護されます。
参加者の氏名、会で話された内容等、プライバシーに関する事項は、一切外部に漏れることはありませんので、ご安心ください。

⑤やむを得なく会を欠席される時は、必ず事前にご連絡くださるようお願い致します。


■その他

尚、主催者のプロフィールをお知りになりたい方は、
①ブログ右側にある「リンク先(ヒプノセラピールーム カンテ・イスタ)」をクリック
→②サイト内、「セラピスト紹介」の項目をご覧ください。
          



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沈黙の悲しみ(7)「遺族が受ける傷」

 2009-05-09
「トラウマ」という言葉が、世の中で当たり前のように使われるようになったのはいつ頃からだったろうか。世の中の大半の人が日常でその言葉を多用するようになって以来、その本来の意味や定義自体も「軽いもの」として捉えられるようになってしまった。

トラウマ、いわゆる「心的外傷 psychic trauma」の本来の定義は、「強い不安や恐怖や屈辱の感情を伴う心の傷」だ。

暴行・強盗・強姦・テロや戦争・大災害の被害に遭う、誘拐され人質になる、拷問を受ける、捕虜になる、大事故に巻き込まれる等、命に関わるような経験をした人、いわゆる「地獄を見た人」が受けたショック、強い恐怖感や無力感等を受けた強烈なストレスによって生じるもの。幼児期の虐待や愛情の剥奪、愛する人との別離、人生の挫折等も、そこに含まれる。

「子供の頃、無理矢理に食べさせられたことがトラウマになって、今でも○○が食べられない」そういった「一般的によくある嫌な思い出」等に対して使う言葉ではないのだ。

自死という形で身近な人を亡した時に受けるショックや心の傷は、先に挙げた「地獄を見た人」が受けるそれと、まったく同等なものであると言われている。そういった「地獄を見た人」の多くが経験する心的外傷後ストレス障害―PTSDの症状が表れる自死遺族が多いのもこの為だ。

全身の倦怠感や疲労感、不眠、頭痛やめまい、肩こり、耳鳴り、手足の震え、動悸、呼吸困難、胃腸等の消化器官の不調、焦燥感(イライラ)、抑うつ、注意力・集中力・記憶力の低下、無感動等、神経症や鬱等に見られる症状が表れたりする。感情のコントロールが困難になる、人の視線が怖い、フラッシュバック等もその一部だ。

簡単に言えば、PTSDの症状は、その体験によって受けたショックに脳が耐えられないために起こる。それは脳内物質のコントロール機能が大きく関係しているので、本人の意思でどうこうできるものではない。精神力の強さとか、性格といったものはまったく関係なく起こる。決して「弱い人間だからそういった症状が出る」ということではないのだ。

ベトナム戦争に従軍したアメリカ兵の多くが、帰還後PTSDの症状に苦しんだことは、日本でも広く知られている。その中には、勇敢で強い精神力を持った士気の高い兵士も多く含まれていたという報告がされている。それは、どんなに「強い人」であったとしても、決してPTSDとは無縁ではないという証明でもある。どんな人でも、「なる時はなる」のだ。

PTSDの症状が表れるまでの期間には個人差がある。直後(トラウマ体験後、1ヶ月未満の時点で類似の症状が現れている場合は「ASD 急性ストレス障害」)に表れる人もいれば、その出来事から何年も経ってから―という場合もある。

実際、故人の死から10年近く経ち、心の整理もついてすべてが落ち着きを取り戻したと思っていた矢先、突然陥った体調不良の原因が、10年前に起こったトラウマ体験によるもの(PTSD)だったという事例もある。

心身に関しては予測不能の部分が大半だ。しかし、もし先に挙げた症状が1ヶ月以上続くのであれば、躊躇うことなく、心療内科を受診してほしいと思う。

最初は内科の受診、そしてそこで肉体的な原因が見当たらないというのであれば、心療内科に行くことをお勧めする。適切な治療を受ければ必ず症状は改善される。一人で抱え込まず、専門家の助けを求めてほしい。

また世の中の多くの人にも、自分が知っている情報や思い込み、世間の風評等でトラウマ体験によって引き起こされるPTSDやそれに苦しむ人々―自死遺族に関わらず―を誤解しないでほしい。その人達は決して「弱い人、甘えている人、未練がましい人」ではない。

自分の知らないうちに、いつの間にかガン細胞が体内に巣くっていた―それとまったく同じことだ。自力でコントロール不可能な、自分の意思や力が及ばない所で起こる「体の問題」なのである。

同じ体験をしても、そういった症状がまったく出ない人もいる。それは「その人の心が強い」ということではない。「たまたま」、「幸運にも」その体験がもたらすショックに体が反応しなかっただけ―ということだ。

自分がよく知っていると思い込んでいる情報が、「真実」とは限らない。思い込みや決めつけに惑わされることなく、それらを認識してもらいたい。誤解と偏見―「無知」は真実を見る目を曇らせる。そういったこともまた、自死遺族を含むその他のPTSDの症状で苦しむ人達を更に追い詰めていくことにも繋がっていく。

心と体と魂は一体だ。その出来事によって、自分の心と魂が大きく傷を負ったのであれば、体も同じ位のダメージを受けている。傷ついた自分のケアをすることも、「回復」へ至るまでの必要不可欠なプロセス。自分自身を大事にすること―それを忘れないでいてほしい。

【追記】
「地下鉄サリン事件」の被害者とその家族の多くが、事件後から電車に乗れなくなったり、突然の手足の痺れや呼吸困難等、様々な不安障害の症状や強い恐怖を伴うフラッシュバック、情緒障害に悩まされ、通常の生活を送ることが困難になった。

最初の数ヶ月は職場等、周囲も理解を示していたのだが、その内「いつまで事件を引き摺っているんだ」「終わったことなんだし、助かったのだからいい加減に立ち直れ」「甘えてるんじゃないか」「もう少し強くなれば?」というような言動を被害者に示すようになった。孤立し、居たたまれなくなった被害者が仕事を辞めざるを得なくなるケースが多くあった。これも社会の人々のPTSDに対する認識不足、「無知」が招いた弊害である。


*ブログ内のすべて文章の著作権は、カンテ・イスタ 樫田ミラに属します。文章の論旨・表現等の盗用や剽窃、無断引用を禁じます。当方のブログの内容や表現を無断でそのまま用いる方、少々の手直しを加えて、自分のオリジナルのように装う方がいらっしゃるようですが、モラルを守ってくださるようお願い致します。

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カテゴリ :自死遺族としての声 トラックバック(-) コメント(-)

アメリカにて(5)「これだけ?!仰天アメリカ流風邪の治療法」

 2009-05-08
思えば2~3日前から兆候はあった。背筋の悪寒や喉の痛み。何を食べても美味しくないし、胃腸の調子も良くなかった。なんとなく全身がだるくて重い。「Ms.Kashida, you look tired.(先生、疲れてるみたいだね)」と、担当している「ジャパニーズカルチャー・クラス」の生徒達から何度もそう言われてはいた。

折りしもここ数日サンディエゴ(カリフォルニア州)では、内陸の砂漠地帯から「サンタアナ」と呼ばれる季節風が強く吹いていて、空気がカラカラに乾燥していた。地元のケーブルテレビのニュースでも、キャスターが「山火事に注意するように」と、しきりに呼びかけていた。

サンタアナが強く吹く日は、なぜか体調不良を訴える人が多い。どこが悪いということでなく、「なんとなく」体がだるかったり、妙に神経が冴えたり。子供達も、いつもより落ち着きがなくなったりする。子供同士のいざこざや、授業中に注意を受ける生徒が増えたりする。先生達は「サンタアナが吹いてるから仕方ないわね」と、半ばあきらめ顔で肩をすくめる。

すっかり「サンディエガン(サンディエゴ人)」になった私も、この数日間の体調不良はサンタアナのせいだと思っていた。喉の痛みも乾燥した空気が原因だと、それほど気にしてもなかった。

だが帰宅する頃には、体調は最悪の状態になっていた。体の節々は痛いし、体が熱っぽい。何となく吐き気もする。夕食は全然食べられなかった。何を食べても味がしない。

「今回のサンタアナは強烈だわ・・・」と早々にベッドに入ったのだが、その夜は結局一睡もできなかった。夜中に高熱が出て、それに加えて強烈な吐き気と腹痛で、10分間隔で一晩中トイレと部屋を往復する羽目になったのだ。ようやくそこで気づいた。「ひょっとして・・・風邪引いた?」

体調不良の原因はサンタアナではなく、風邪だった。「サンタアナで体調不良だなんて、私もすっかりサンディエガンね♪」などと浮かれている場合ではなかったのだ。

しかし、完全に油断していた・・・。その時まで健康上のトラブルは一切無かったのだ。「ぼったくり」とも評されるアメリカの超高額な歯科治療のお世話になることがないようにと、渡米前に歯の状態を完璧にして備えてきた。もちろん風邪を引いた場合のことも考えてはいたが、「変だと思ったらすぐに薬を飲めば大丈夫さ♪」等と悠長に構えていた。その矢先に・・・やられてしまった。

翌朝、憔悴しきった私の様子に仰天したホストマザーであり、私の上司でもあるマージに、強制的に仕事を休まされた。というより、出勤できるような気力も体力もない。とりあえず日本から持ってきた風邪薬を飲んで、一日様子を見ることにした。

だが、体調はますます悪くなっていく。熱を計ると40度近くあった。子供の頃から平熱が35度と低い体質の私は、37度になるとフラフラになる。40度は完全に限界値を超えている。

結局夕方近くに、ファミリーかかりつけのドクターのクリニックに行く羽目になった。その頃には意識も朦朧としていて、目の前にあるものがすべて右上がりに見えるような状態だった。わずかな距離も支えてもらわないと歩けない。

「このまま死んじゃうのかな・・・」冗談でなく、本気でそう思った。「その場合のお葬式はアメリカでやるのかな?それとも日本かな?でも『アメリカで客死』なんて、ちょっとかっこいいかも」などと思ったりして、高熱のせいで思考回路も若干おかしくなっている。

そんな状態で診察室に入った私を、ドクターは満面の笑みで迎えてくれた。確かDr.JohnsonとかDr.Jonesとか言っていたように思うが、はっきりと覚えてない。ロバート・レッドフォードをちょっと崩して頭を薄くしたような感じの、50代くらいの先生だった。

「やあ!会えて嬉しいよ。ところで今日はどんな調子?」「どんな調子って・・・調子が悪いからあんたの所に来てるんでしょうが!この様子見たら分かるでしょ!」と、朦朧とした頭の中で毒づいていたのだが、こんな時でも礼儀正しい私は「こちらこそお会いできて嬉しいです。お時間を取っていただいてありがとうございます」と、腹痛と気分の悪さを必死で我慢しながらそう答えた。

「あのですね、一昨日くらいから喉とお腹が痛くて吐き気がするんです。寒気もあって、体中が痛くて食欲もまったくないんです」私の話をフムフムと聞きながら、聴診器を当てたり、扁桃腺を見たり、一通り私の体の状態をチェックして、いくつかの質問をした後、ドクターはカルテに何かを書き込みながら言った。「You got flu.(インフルエンザだね)」

「インフルエンザ?!」そういえば、何日か前のミーティングで「最近風邪で欠席する子が多いわね」と話していた先生がいた。どうやら学校でウイルスをもらってしまったらしい。「インフルエンザということは、この後注射とか点滴されるんだろうな~治療費、いくらくらいになるんだろ?やっぱり保険に入っておいてよかったよ~」 「備えあれば憂いなし」とは、まさにこのことだ。

アメリカでは、日本の国民健康保険に該当するものがない。各個人で保険会社と契約するスタイルなので、契約内容や契約会社によって、受けられる治療に限度があったり、保険の支払い額も変わってくる。保険が下りない分は、当然自腹だ。治療の際も「保険でカバーできない分は自分で払います」という誓約書にサインをさせられる。

初診料も、最低でも日本の約4~5倍はかかると思っておいたほうがいい。救急車を呼ぶのも有料だし、医療にかかる費用はとにかく高い。その点、日本は本当に恵まれている。

そんなことを考えながら、ぼーっと注射と点滴を待っていた私に、ドクターは言った。「オレンジジュースとジンジャーエールとお茶(この場合は紅茶)をたくさん飲みなさい。そして部屋を暖かくして睡眠と栄養をよく取ること。それじゃお大事に。もう帰ってもいいよ」

「え?あの・・・注射は?」「注射?必要ないよ」信じられない答えが返ってきた。熱が40度近くもあって、意識も朦朧としているインフルエンザの人間に注射一本もしないで帰すって・・・事態がよく呑み込めてない私に、ドクターはさっきと同じことを繰り返す。

「先生、じゃあお薬は?」「薬?必要ないよ。さっき言ったように水分や睡眠をよく取って様子を見てみて。2日経っても良くならなかったらまたおいで」そして私は「Take care!(お大事に)」の声と共に、診察室の外に出されてしまった。

注射も薬もなし。釈然としなかったが仕方がない。家に帰る途中、近所のスーパーで、ドクターに言われたとおり、オレンジジュースとジンジャーエールをしこたま買い込んだ。「こんなんで本当に治るの?」一抹の不安はあったが、れっきとしたお医者さんが言うのだから、とりあえずその指示に従ってみた。

そして2日後、30分毎にオレンジジュースとジンジャーエールと紅茶をがぶ飲みして、あったかい部屋で脳みそが溶けるかと思うくらい睡眠を取った私は、見事に回復していた。

オレンジジュースとジンジャーエールと紅茶。今から思えば、あのドクターの言っていることは理に適っている。

オレンジジュースには代謝を高めるビタミンが含まれているし、ジンジャーエールに入っている生姜には、発熱を伴う風邪の初期症状を発散させ、弱った胃を丈夫にして嘔吐を止める成分が含まれている。もちろん体も温まる。紅茶(お茶)には、抗菌、抗ウイルス作用があるカテキン。そして休養―。

体が本来もっている能力―代謝機能や自浄機能を、薬に頼ることなく、元の正常な状態に戻すやり方、まさに東洋医学だ。西洋医学の最先端を行くアメリカで、アメリカ人のドクターから、改めて人間本来の持つそういった「力」を教えられるとは、まさか思ってもいなかった。

心なしか、以前日本でインフルエンザにかかった時よりも、体自体の回復が早かったような気がする。注射や点滴、薬に頼った治療を受けた時は、治った後もしばらく倦怠感のようなものが残っていた。「もう大丈夫!」と感じるようになるまで、かれこれ数週間近くかかった記憶がある。

だが、オレンジジュースとジンジャーエールと紅茶と睡眠だけで治した時は、4日もかからなかったような気がする。本当にあっという間に元気になった。

その後周りの人達にいろいろ聞いてみると、大抵の人は、風邪の引き始めには、水分をよく取ってよく寝る。薬はほとんど飲まない―と言っていた。東洋からきた私が何のためらいもなく、薬や注射等の西洋医学に頼ろうとしたことが、なんとも皮肉に思えた。

メキシコ発の新型インフルエンザが現在世界的に流行しているが、もしかしたら人類自体の「自浄機能」が低下しているのかもしれない。薬といった「自分の外のもの」に頼り過ぎて、自分の中にある治癒能力を疎かにしてきたツケ―そんな気がしてならない。

新型インフルエンザの予防法として「手洗い、うがい」ということが推奨されているが、そういった「日常の当たり前のこと」、人間が本来持っている自己治癒能力というものも含めて、心身の健康というものを改めて見直す必要があるのかも・・・と、ふと思った。

それから1ヶ月ほどして、保険会社から前回利用したクリニックの請求書や、保険請求のための書類一式が送られてきた。「高っ!」初診料を見て仰天した。なんと注射も薬も出ていないのに、当時のレートで8千円ちょっとかかっている。もし注射をしていたり薬が出ていたら、軽く2万円はいっていたかもしれない。

ジョギングとか、ジム通いとか、健康志向が強い人がアメリカに多いのは、ひょっとしたら医療費の高さも原因なのではないだろうか。

オレンジジュースとジンジャーエールと紅茶と睡眠だけで治したインフルエンザの治療費は、しっかりと「西洋医学」並みだった―。

日頃からの病気に対する予防と自己治癒能力をアップさせること、そして、海外に行く時はくれぐれも保険に入ることを忘れずに。(ちなみに保険は全額下りた(笑))



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夢を実現させる人の思考

 2009-05-06
「夢や目標を実現させる人」と「そうでない人」との間には、大きな違いがある。「差」と言ってもいいかもしれない。それは「思考方法の違い」だ。

「実現させる人」は、目標を定めたり、実現させたい夢を持った時、まず「どうしたらそれを実現することができるか?」という「方法、手段」を考える。

それを現実のものとするために自分には何が必要で、何が不足しているのか?どういった知識や勉強が必要になるのか?―そこに至るまでのプロセスを含め、具体的な方法といったものに考えを廻らす。

反対に「そうでない人」は、目標や夢を持ったとしても、それと同時に、自分がその目標や夢を実現できない「理由」や「条件」を探す。「自分は~だからできない」そう考える。言うなれば、自分で自分の「限界」を決めているようなものだ。それは「自分に対するあきらめ」でもある。


例えば「一人で海外旅行に行ってみたい。でも言葉ができないから・・・」「一人だと危ないし・・・」多くの人がそう言う。果たして本当にそうだろうか?

私の学生時代の友人は、大学1年の頃から、いわゆるバックパッカーで、一人で世界中を42ヶ国旅してきた。今は年賀状のやり取りをするくらいで、詳細は聞いていないが、多分訪れた国の数はあの頃より増えていると思う。

ちなみに彼女の英語は中学校レベル。「I want this.(これがほしい)」「How much?(いくらですか?)」長々と何かを話しかけられたらもうそこでアウト。「Sorry,I can't speak your language.(すみません。言葉がわかりません)」となる。もしかしたら英会話を習っている小学生の方が話せるかもしれない。

アジアやヨーロッパ、中東、南米―英語圏でない国、英語がほとんど通じない国にも平気で出かけていく。「少しは英語覚えなよ~」と私達が言うと、「だって外国語勉強するのって苦手なんだもん。それに私は経済専攻だから、英語なんて関係ないもんね~」とヘラヘラ笑っていた。

おまけに言葉ができないにも関わらず、身振り手振り、時には絵を描く等、様々な方法を駆使してコミュニケーションを取り、必ず現地の友達を作って「あ~楽しかった♪」と嬉々として帰ってくる。

事故が原因で半身不随になった知人は、車椅子を物ともせず、付き添いなしで一人で海外に行っていた。あの当時はインターネットがなかった時代なので、情報が限られていた。だが彼は旅行社や航空会社、駐日大使館等を訪れたり、直接現地に電話をかけたりFAXや手紙を送ったりして、いろいろと自分で情報を集めて準備をしていた。

「外国のほうが障害者には親切だよ。必ず誰かが声を掛けてくれるし、助けが必要かどうか聞いてくれるし。快適だよ。それがきっかけで友達もできたし。また行くんだ~」とケロッとしていた。


結局「違い」はそこなのだ。本気かどうか―。本当に自分が心からそれを望んでいるのかどうか―。

「言葉ができない」とか「体が不自由だから」とか、そういった「条件」にしがみ付いているのは「本気でそれを求めていないから」。もっともらしい理由や条件を挙げてあきらめることができるということは、心の底ではまったくそれを望んでいないということ。所詮「その程度のもの」なのだ。

言葉ができなくても一人で海外に行く方法はいくらでもある。旅行会社や知人等を通じて、現地在住の日本人を紹介してもらうとか、日本語ができるガイドを依頼できるか尋ねてみるとか、電子辞書や会話本を活用するとか。ましてや今はインターネットで瞬時に情報が手に入る時代。どうしてそれらを活用しようとしないのか。ある意味それは「想像力の欠如」でもあると思う。


私自身、過去から現在まで、全部自分の目標や夢を実現させてきた。小学1年生の7歳の時、「大人になったらアメリカで働く」そう決めた。それ以来ずっと、NYのウォールストリートを、スーツとハイヒールで颯爽と歩く大人になった自分をイメージしていた。

そして15年後、22歳になった私はアメリカにいた。「NYのキャリアウーマン」ではなかったが、日本語教師として「大人になったらアメリカで働く」という子供の頃からの夢を実現させた。

それからも夢や目標の実現は続いた。端から見たらものすごく運の良いラッキーガールに思えるのだろう。何の苦労もなしに運を掴んで夢を叶えていく恵まれた人―実際、やっかみ半分にそう言われたこともある。

私は「苦労話」というものが好きではない。「ええかっこしい」のところがあるので、大変な思いをしたとしても、それをなんだかんだともったいぶって話すことは、自分の美学に反する。大抵の人の苦労話は、聞いているほうにとってはそれほど面白いと思えないことのほうが多い。「武士は食わねど高楊枝」舞台裏は一切見せず、苦労話もしない。「お陰様で」そう言って涼しい顔をしていた。


しかし、その誰にも見せない舞台裏で、私は必死に頑張ってきた。夢や目標を達成する為に必要なことを、一切手抜きせず、ただ黙って坦々と一つひとつ積み重ねてきた。「どうしたら実現できるのか?」「何が必要なんだろうか?」ゴールへの到達に必要なことに、ただひたすらコツコツと取り組んできた。途中投げ出したくなったりしたこともある。しかし、ただ取り組み続けた。そしてその結果、夢や目標を実現した。

先取りの感謝とか、夢を叶えるナントカの言葉を唱えるとか、天使や女神にお願いするとか、自己啓発セミナーをはしごしたり、そういった関連本を読み漁ったり、そんなことは一度もしたことはない。私だけでなく、周りの、自分の夢をどんどん実現させていった友人知人も同様だ。そういったものに感心すら持たない。


夢や目標の実現は、「タナボタ」ではない。自己啓発やスピリチュアルの世界で、まことしやかに伝えられている呪文やら、なんとかのワークによってもたらされるような他律のものではないのだ。すべては自分自身との対話から生まれてくるもの。

行動とその積み重ね、継続する力、そして覚悟。夢の実現に必要なものはそれだけだ。自分がそれをできない理由や条件をあげつらって、運とか人脈とか、そういったものがもたらされることを期待しているうちは夢は遠い。なぜならそれは自分自身の力と手で掴むものなのだ。

「できない理由」をあれこれ考えるより、「どうしたら実現できるか?」という「方法」を考えたほうがよっぽど建設的だ。やる前からあきらめることができるのなら、それは夢ではない。

四の五の言わずにまずやってみる―夢の実現への思考は意外とシンプルなものなのだ。







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自己啓発のナンダソリャ(5)「先取りの感謝」

 2009-05-01
自己啓発教やスピリチュアル教に必ず出てくる妙な「教義」の一つに、「先取りの感謝」というものがある。

例えば、まだ自分の夢や目標が実現していないのに「私の夢を叶えてくださったことに感謝します」「目標が達成できました。ありがとうございます」と唱えたり、感謝を捧げるとか。メジャーどころのセミナーや書籍の多くで推奨されている方法だ。

「なぜまだ実現していないことに対して感謝をするのか?」まあいろいろと尤もらしい理屈を並べている。「既に実現したようなイメージを脳や潜在意識に焼きつけることで、現実がその状態に近づいていく」とか「その思い描いたイメージや感謝の心が実現を引き寄せる」とか。

願望実現に対して強い興味や執着、こだわりを持っている人ほど、この罠に嵌りやすい。それがどれほど変で、ずれまくった見当違いのことを言っているのか、まったく気づかない。

まだ実現してもないことに対して「叶えてくれてありがとう」と唱える―これは「取引」であり、脅して無理強いする「強迫」であり、「要求」であり、「注文」だ。「感謝の気持ち、『ありがとう』という言葉を捧げてあげるから、その代わりに私の願いを叶えなさいよ」というのが本当のところ。それが底に流れている本音。

大体、まだ起こってもない未来に対して感謝するなんて、やはりどこかおかしいと思うのだ。過去や現在に対して感謝をするというのなら理解できる。「あの時があったから今の自分になれた」「今自分がこうしていられることがありがたい」そこまでのプロセスで起こった経験や、取った行動によって身について、自分の一部になっている。いわば自覚が伴っている実体のあるもの。

だが、まだやって来てもいない未来、実体も自覚もない未来に対して感謝をするというその行為は、実はただの「期待」だ。「こうでなければ」「こうなるはず」「こうなってほしい」期待は、自分の中の欠如感、不足感を満たすことを望む欲求。いわば「補償」の行為。「ありがとう」「感謝」という言葉で、そのさもしさをカモフラージュしているに過ぎない。

それでも感謝という言葉にこだわるのなら、「夢や目標を持つことのできる現在の環境にいること、それに向かって努力や行動ができる丈夫な体を持っていることに感謝します」とするのが道理ではないだろうか。


イメージングは効果的だ。スポーツ選手等がイメージトレーニングを取り入れていることからも、それは明らか。アスリート達が、自分がイメージした通りのベストの結果を出すのはなぜか?それは彼らが実際に行動、トレーニングを行っているからだ。ベストなフォーム、完璧な送球―思い描いたイメージに近づく努力をしているから。

彼らは間違っても「良い記録を出せたことに感謝します」などと唱えたり、感謝したりしない。そんなヒマがあったら一分一秒を惜しんで、フォームの改善や筋肉の鍛錬に取り組むだろう。

まだ実現してもないことに対して「夢が叶ったことに感謝します」などと唱えている人に限って、アスリート達の「トレーニング」に該当する部分、「行動」「努力」というものを疎かにしている傾向が強い。イメージして、感謝してそれで終わり。「ありがとう」の言葉や感謝の気持ちだけで自分の夢や目標が叶うなら、誰も苦労しない。

「素敵な彼、彼女にめぐり合わせてくれてありがとう」「仕事が成功したことに感謝します」「お金がたくさん入ってきて、良い暮らしができるようになったことを感謝します」まだ手に入っていないそれらのものに先取りの感謝を捧げているということは、実は「自分はそれを持っていない」ということを強く意識しているということでもある。

「ありがとう」と先取りで唱えるたびに、「それを手に入れていない自分」というイメージを、より強く意識に刷り込んでいるのだ。感謝の言葉と、マイナスイメージがセットになってしまっている。「ありがとう」「感謝します」そう呟くたびに「望みが叶っていない自分、何も持っていない自分」というマイナスイメージを無意識に呼び起こしている。自分の望みとは逆の方向に向かっているということだ。皮肉なものだと思う。

先取り感謝行をするヒマがあったら、その夢や目標を達成するには、今の自分に何が必要なのか、何が足らないのか、それを知ることに時間を割いたほうがいい。そして、今自分がやるべきこと、必要なことに一生懸命に取り組むこと。

夢や目標は自分で叶えるものだ。いちいち「ありがとう、感謝します」と、自分の外に、まるでそれを叶えてくれる存在があるかのような、受け身で得るものではない。

「夢の実現に向けてがんばっている時、いろんな人が支えてくれた。そして夢が叶った。なんて自分は幸せなんだろう。本当にありがたい」本来の感謝とは、そういうものではないだろうか。実感を伴って、心の底から湧きあがってくるもの。

先取りの感謝には、一番大切なその部分が欠けている。本来そこにあるべき核が抜け落ちている、無理矢理に捻り出したような儀式化、呪文化したそれは、本当の感謝とは言えない。

もし職場の同僚が、あなたが何も言わないうちから「この仕事をしてくれることに感謝します」と、一方的に書類を置いていったらどう思うだろうか?そう置き換えてみると、先取りの感謝というものが、どれだけ不自然なものかわかるだろう。

先取りの感謝は、ただのエゴ。言葉の表面上の響きに惑わされて、本質を見失ってはいけない。願望実現のための、あさましい「ご利益目的」に成り下がった「宗教」の口車にくれぐれも乗せられないように。

「ツイてる」とか「ありがとう」とか「すべてはうまくいっている」とか、そんな呪文を唱えなくても、今自分がいる場所で、今目の前にあるやるべきことに一生懸命取り組んでいれば、必ず自分が目指す場所に行き着くものなのだ。感謝の言葉はそれからでも遅くない。


【追記】
公共施設やデパート等、不特定多数の人が利用する機会のあるトイレ内に「いつもきれいに使ってくださってありがとうございます」というような表記がされていることがある。これもある意味「先取りの感謝」で、「きれいに使ってください」という「要求」だ。まだ起こっていない未来や、実現していない願望に対して感謝を捧げるという行為の裏に込められた意味も、それとなんら変わりはない。
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