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沈黙の悲しみ(3)偏見

 2009-04-01
故人の死因が周囲に伝わり始めた瞬間から、遺族達は世間の「好奇の目」に晒されることになる。自分達の身に起こった出来事に茫然自失の状態にある時に、今度は周囲の人々の物見高い目、偏見や中傷といったものが襲いかかって来る。そしてそれは、故人の死以上に遺族を傷つけ、苦しめることもある。自死が遺族にもたらすものは、悲しみや衝撃だけではないのだ。


母の通夜、葬儀は自宅で行われた。葬儀社の手配で、自宅玄関の門扉の前に、その日程を知らせる札が立てられた。町内会をはじめ、ご近所の人達が葬儀の手伝いをしてくれることになり、その前日は打ち合わせや準備等で、人の出入りが慌しかった。

うちの家族を含め、もともと何十年もそこに住んでいる人達が多いので、ほとんどのご近所は気心が知れている。私が生まれる前からのお付き合いの家も多く、何人かの幼馴染みも急を聞いて手伝いに駆けつけてくれた。

大体の準備が済み、手伝いに来てくれた人達が帰ってひと息ついた頃、郵便物や夕刊をポストに取りに行っていないことに気づいた。玄関のドアを開けた瞬間、数人の話し声が聞こえてきた。うちの門柱と塀のすぐ向こうで話しているようだ。特に気にすることもなく、門扉の内側から郵便物を取り出し、玄関の照明の下でそれらをチェックをしていた時だった。

「自殺なのにお葬式するのね~」と言う声が聞こえた。「え?」と思わず聞き耳を立てると、その人達がうちの家族のことを話していることに初めて気づいた。遅い時間帯でもあったし、内容が内容だけにさすがに声は潜めているが、その会話の中味はよく聞こえた。

「自殺の原因は何か?」ということに始まり、明日の葬儀のことまで、話題はすべてうちの家族に関してだった。すぐ中に入ってしまえばよかったのに、足から根が生えたように、なぜかその場から動けない。結局最後までその人達のひそひそ話を聞く羽目になった。

長い付き合いのご近所の人達なのか、それとも最近新しく町内に越してきた人達なのか、その人達が誰だったのか、今でも分からない。でも、それが誰だったかということより、「自殺なのに大っぴらにお葬式をするなんて」という言葉のほうがショックだった。

その時初めて、世の中で「自死」というものがどんな位置にあるのか、人々からどう思われているものなのかということを知らされた。そして亡くなった故人だけでなく、その遺族である私達も同様の目線で、見られるということも。「自死」という大罪を犯した罪人と、罪人の家族―決して大袈裟でも誇張でもなく、自死者と自死遺族は、社会ではそれに近い扱いを受ける。

ショッキングなものであるが故に、その真実や詳細が明るみに出ることが少ない。憶測と勝手な想像と決めつけ、思い込みが一人歩きする。芸能界のゴシップと同じだ。次々と尾ひれがついて、根拠のない出鱈目な作り話が世間に出回って、それが実しやかに語られる。真実は故人にしか分からないのに。


母の死後、5年くらい経った頃だったろうか。同じ町内に、いつも利用していたクリーニング店があった。うちの両親と同世代のご夫婦で経営している店で、いつも奥さんがカウンター業務を担当している。長年通っていることもあり、すっかり顔見知りになっているので、時々世間話をすることもあった。

ある時父に頼まれて、喪服のクリーニングをお願いしに行った時だった。喪服から、「最近のお葬式はいろいろ凝った演出をするらしい」という話題になった。その時急におばさんが「でもどうしてお母さん自殺したの?」と言い出した。唐突だったし、何よりも店先で立ち話するような話題ではない。

どうしたものかと言葉に詰まっている時、おばさんの目に浮かんでいるものに気づいた。好奇心以外の何物でもなかった。クリーニングの腕もいいし、いい人だったし、ご近所としての付き合いも考えなければいけなかったのかもしれないが、それ以来私がその店に行くことは二度となかった。

つい最近父と話していた時に知ったのだが、父も同様の経験をしていた。母が亡くなった翌年、駅前の銀行で、昔近所に住んでいた人と偶然会ったらしい。その人は私もよく知っている人で、人柄は悪くないのだが、ちょっと無神経なところがある人だった。

「久しぶりですね」という挨拶の後、その人は、お昼時で混雑しているロビーの真ん中で、大声で「なんで奥さん自殺しちゃったの?びっくりしたよ~」と言ったそうだ。もともと声の大きい人なので、決して悪気はなかったと思う。しかし、その時、銀行ロビーが一瞬しんとしたそうだ。そしてそこにいる人達の視線。居たたまれなくなって、父はそのまま銀行から出たという。

私も父も、それまで自分が経験しことは一切話さなかった。でもその時、お互いに、家族が自分が知らない所で、それぞれ同じようなことや思いを味わっていたと知った時は、何ともやり切れなくなった。何も言わないが、多分弟も同様の経験をしている可能性はある。

そうした世間の目に耐え切れなくなって、引越しする人、人付き合いから遠ざかる人、精神的に参ってしまって体調を崩す人は少なくない。自死遺族には、こういった目が一生ついて回る。


偏見に伴う「差別」も存在する。私自身も経験したことだが、特に親や兄弟姉妹が自死者の場合、就職や結婚の際の興信所等の調査によって内定取り消し、破談となるケースが現実にある。

私の場合、就職先を探していた時だった。一部上場の某企業を受験した時、書類選考、筆記試験、面接と順調に進んだ。そして最終の役員面接が終わったその場で内々定をいただいた。2日後にその企業指定のクリニックで健康診断を受け、問題がなければ正式内定とのことだった。

一週間後、その企業から通知が来た。結果は「不採用」。信じられなかった。健康診断の結果も問題はないはずだし、内々定が出た最終面接では、配属される可能性のある部署の話までしていたのだ。

ただ、一つだけ思い当たることがあった。健康診断を受けた日の翌日、隣のおばさんが「昨日興信所の人が来た」と知らせに来てくれた。その時受験していたのはその一社だけだった。他に興信所の調査をされるような覚えはない。調査の依頼主がその企業であることに多分間違いはなかった。

思い返せば、面接の際、やたら母親の不在理由を聞かれてはいた。調査で引っかかったのは、母の自死のこと以外に考えられない。保守的な社風の企業だったので、自死した母親のいる家庭、「世間的に問題のある家庭」の人間は入社させたくない―というところなのだと思う。

自分自身の言動や問題でそういった結果になったのであれば、まだ納得はできる。しかし、どうして自分以外の人間、母のしたことのせいで私がこういう目に遭わなければならないのか―その時初めて母に対する猛然とした怒り、憎しみに近い感情が湧き上がってきた。

自分ではなく、自分の家族がした行為によって自分が判断され、レッテルを貼られる―社会の偏見とそれに伴う差別は、遺族を、故人に対する怒りや憎しみの感情に追い立てることにも繋がっていく。

責めたくても、誰を責めたらいいのか分からない。事の発端となった故人はこの世にいないし、社会のそういった偏見に抗議し、闘うにも限界がある―そうして、受けた衝撃、怒りや悲しみ、虚しさといったものは放出されることなく、自分の内側に積もっていく。

自死という、ドラマやニュースでしか見ることのない「ドラマティックでショッキングな行為」は、幸運にもそういったことと無縁で過ごしてきた人達にとっては、「好奇心をそそられるもの」なのだろう。自分の中の「覗き見願望」を刺激されるもの。「人の不幸は蜜の味」とはよく言ったものだ。

ただの野次馬根性、覗き見願望は、好奇心とは言わない。そこにあるのは「卑しさ」だけだ。その卑しさが、無意識とはいえ、どれだけ人を傷つけることになるのか―多分そこに気づく人は少ない。そして世の中に蔓延っている自死への偏見や無知が、自死遺族達にどれだけの痛みや苦しみをもたらしているのかということも。

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カテゴリ :自死遺族としての声 トラックバック(-) コメント(-)
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