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錯誤

 2016-10-23
【「残業100時間で過労死情けない」武蔵野大教授が不適切投稿 ネットで批判うけ大学が謝罪】
産経ニュース(デジタル版)2016年10月12日掲載記事引用

武蔵野大(東京)は、グローバル学部の長谷川秀夫教授がインターネット上に投稿した過労死に関する記載内容が不適切だったとして「不快な思いをさせ、世間をお騒がせしたことについて、謹んでおわび申し上げます」と謝罪するコメントを発表した。

 武蔵野大などによると、長谷川教授は7日、政府が初の「過労死等防止対策白書」を閣議決定したというニュースを掲載したサイトに「月当たり残業時間が100時間を超えたくらいで過労死するのは情けない」などと投稿した。

 同日、広告大手電通に勤めていた女性社員=当時(24)=が自殺したのは過労が原因として労災認定されたこともメディアで報じられていた。長谷川教授はこの投稿を削除し、8日に同じサイトに「言葉の選び方が乱暴ですみませんでした」などと書き込んだが、ネット上では批判が集まっていた。長谷川教授は東芝財務部企画担当参事や家具量販大手ニトリ取締役などを経て、平成27年に武蔵野大の教授に就任していた。(以下略)


【長谷川教授の謝罪コメント】

私のコメントで皆様に不快な思いをさせてしまい申し訳ございません。ここで、皆様に返信させていただきます。

(1)言葉の選び方が乱暴で済みませんでした。
(2)とてもつらい長時間労働を乗り切らないと、会社が危なくなる自分の過去の経験のみで判断し、今の時代にその働き方が今の時代に適合かの考慮が欠けていました。

以後、自分の専門領域を中心に、言葉を慎重にえらび、様々な立場、考え方の方々がいることを念頭において、誠意あるコメントを今まで以上に心がけてまいります。(原文まま)


民族性というものは、何百年、何千年経とうと、多分変わることはない。戦前から「死ぬ気でがんばれば絶対にうまくいく」「気の持ちようで何とかなる」という「根性論」「精神論」が崇拝されてきたこの国では、今尚そういった思考が幅を利かせている。そして、その「信奉者」も、相変わらず根強く存在する。「残業時間100時間で過労死は情けない」と発言した件の大学教授はその典型だ。

多方面からの批判を受け、本人は上記のようなコメントを発表しているが、「全然わかってないじゃん、この人」と。謝る相手は「コメントを読んで不快に感じた人達」ではなく、あなたが「100時間くらいの残業で過労自死するなんて情けない」と侮辱した女性に対してでしょ?と。

謝罪コメントを読んでも、「ズレ感」しか感じない。世間が自分を叩くのは、「表現方法」と「空気が読めなかったこと」に問題があるからだと思い込んでいるのがよくわかる。おそらく、この人は今でも「自分の発言は間違っていない」と思っているし、自分への批判も納得していないはずだ。

この人の最大の問題点は、「物事の表面」しか見ていないことにある。電機メーカーの経理・財務畑に永年いらっしゃった影響なのか、「残業時間100時間」という、「数字」にしか反応していない。こういった短絡的な思考は、「研究者」としては致命的だと思う。曲がりなりにも今現在「研究者」を名乗るなら、「見えない部分」「それが起こった背景」を推察しろよ、と。推察も分析もない根性論は、たちの悪い「言いがかり」でしかない。

大学教授とはいえ、やはり、この人の根っこは「ゴリゴリの昭和のサラリーマン」なのだ。それこそ右も左もわからない新卒社員の頃から上司や先輩達によって叩き込まれてきたであろう精神ややり方は、「洗脳」と言ってもいい。洗脳の末に植え付けられた「サラリーマン根性」が、未だに抜けていないのだ。

「100時間の残業で云々」と言うが、その人の精神状態や体調によって、「100時間」の意味や影響は変わってくる。「それ位、誰だってやってるよ」「200時間残業してるオレなんかとっくに死んでるわ」世間にはそういった声もあるが、ここでもまた「根性論」なのだ。それぞれの「背景」を無視した見方・受け取り方をする人がいる限り、この国からは「過労死」はなくならない。

人間というものは、自分が経験したことのないこと、もしくは運良く自分が克服・成功したことに対して、理想論や正論、精神論を持ち出し、それを押し付けがちになる。それはある意味「仕方のないこと」ではあるのだが、自分のそれが「あくまでも一例」「一個人としての自分の意見や体験」という認識がない場合、話は変わってくる。

字面だけを見れば、それらは決して「悪いこと」ではない。だが、そのことが余計に逃げ道を塞ぐのだ。「追い詰められた人」は、自分自身を責め続けている状態にある。「悪いのは自分」「自分がダメな人間だから」そう思っている。自分を嫌悪している状態の時に突きつけられるそれは、更にその人を深い淵に落とすのだ。自分がどれだけ「正しいこと」「あるべき姿」から離れた場所にいるのかを思い知らされるから。「追い詰められて弱った人」にとって、正論や精神論の類は「救い」にはならないのだ。

「月当たりの残業時間が100時間を超えたくらいで過労死するのは情けない。会社の業務をこなすというより、自分が請け負った仕事をプロとして完遂するという強い意識があれば、残業時間など関係ない。自分で起業した人は、それこそ寝袋を会社に持ち込んで仕事に打ち込んだ時期があるはず。更にプロ意識があれば、上司を説得してでも良い結果を出せるように、人的資源を獲得すべく最大の努力をすべき。それでも駄目なら、その会社が組織として機能していないので、転職を考えるべき。また、転職できるプロであるべき長期的に自分への投資を続けるべき」

件の長谷川教授がネットに投稿、批判された文章の全文だが、なんというか、「陳腐だな」と。上っ面だけの綺麗事というか、熱血サラリーマンが主人公の、昭和のドラマに出てきそうな言葉の羅列が非現実的なのだ。いわゆる「意識高い系」特有の、上から目線の理想論でしかない。

「上司を説得」「人的資源を獲得すべく最大限の努力を云々」「長期的に自分への投資を続け云々」これが通用・適用されるのは、心身の状態や時間に余裕があり、職場環境や人間関係が良好な場合だけだ。

「君の残業時間の20時間はムダ」「目が充血したまま、髪がぼさぼさのままで出勤するなんて女子力がない」と上司からパワハラ・モラハラ発言をされたり、休日返上で作った資料を貶されたり、心身共に疲れきって萎縮しきった、ただでさえ立場の弱い新入社員に、上司に立ち向かうエネルギーや勇気が残っているわけがない。ベテラン社員でもハードルの高いことを要求すること自体、現実味がない。それができるくらいなら、今回のようなことは起きていない。

「精神力ですべてが解決できる」この国では、何かと根性論を持ち出すが、自分の意思で起業したような、職場に寝袋を持ち込むくらいのやる気に満ちた人であっても、嫌気が差すことはある。すべてを投げ出してしまいたくなるような状態になることも、一度や二度ではない。だが、それは人間ならば「普通」のことなのだ。当初の情熱が何年も何十年も同じレベルのまま続くほうが、むしろ「異常」であり、「レアケース」なのだ。

何よりも、大学で経営学を教える教授が、「請け負った仕事を完遂する意識があれば、残業時間なんか関係ない」と発言する時点でおかしいでしょ、と。経営学で労働基準法については教えないんですか?経営学の教授が労基法を無視してどうするんですか。法律や人権よりも「根性論」が適用されるって、どう考えてもおかしいんですけど。

この人の言葉をそのまま受け取れば、「経済的活動は、根性で何とかなる」ということになる。そんなわけあるかっつーの。何が「経営学」だよ。そんなの「学問」でもなんでもないじゃん。「学問」の肝である「理論」はどこにいった?結局、この大学教授が言うところの「プロ意識」とは、「組織のために犠牲になれ」の同義語なのだ。それこそ「社畜根性」以外の何物でもない。

これ、本当に「グローバルビジネス科」で教鞭を取っている人の発言ですか??思考が昭和のサラリーマン感全開で、全然グローバルじゃないんですけど。むしろ、時代とか世界的な傾向とか、すべてにおいて「逆行」してますけど、どーなんすかね?

世間では「ワークライフバランス」やらなんやら言ってはいるが、専門家が平然と労基法を無視した発言をし、根性論を振りかざすのが、この国の現状なのだ。「根性があればすべてが解決する。うまくいく」日本人のメンタリティーにがっちりくい込んだ「根性論」は、この先もずっと存在し続ける。そして、それを信奉する「日本人」という民族も、多分この先も変わることはないのだ。

*ブログ内のすべて文章の著作権は、カンテ・イスタ 樫田ミラに属します。文章の論旨・表現等の盗用や剽窃、無断引用を禁じます。当方のブログの内容や表現を無断でそのまま用いる方、少々の手直しを加えて、自分のオリジナルのように装う方がいらっしゃるようですが、モラルを守ってくださるようお願い致します。

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 2016-07-31
【「週刊新潮」2016年7月28日号 掲載記事より抜粋引用】

梅雨の雨脚が一息ついた、7月16日の昼下がり。若者が行き交う港区・表参道の交差点に、藍色の浴衣姿で現れた七海氏は行き交う人々に支持を訴えハグを繰り返していた。

「あんなキレイで、笑顔が素敵な女性と密着できるなんて……。政策はよく知りませんけど、彼女なら1票入れても良いかなって思っちゃいました!」興奮気味に感想を口にするのは、20代の男子学生。たまたま通りかかったその交差点で、街宣活動中の七海氏にキャッチされたというワケである。

「ボーッと見てたら目が合ったので、思わず“頑張って下さい!”って声をかけたんです。すると、僕を見つめたまま近づいてきて僕の手を取ったんです。潤んだ瞳で“都民ですか?”と聞くので“はい”と答えると、ハグをしてくれました。ちょっと良い匂いもして、ドキドキしましたね」

周辺では、その後も彼女に抱かれる男性が続出した。「最初は驚いたし、恥ずかしかった。でも、若くて可愛いし、嬉しいよね。幸福実現党というのは知ってますけど、あの子なら投票しても良いかな」(40代男性)すっかり鼻の下を伸ばした男性諸氏の一方で、それを遠巻きに見ていた50代女性は吐き捨てた。「ああいう“オンナ”をウリにする人がいるから、男女差別や女性蔑視がなくならないんでしょ。イギリスに続いてアメリカでも女性リーダーが誕生しそうなのに……」

どうやら七海氏の作戦は、賛否が大きく分かれているようである。自身も七海氏にハグされた経験を持つ、宗教ジャーナリストの藤倉善郎氏が言う。「彼女は先の参院選で、党首の釈量子さんより3000票以上も多い、3万1717票を獲得しました。あのビジュアルで優しくハグなんかされたら、多くの人は幸福実現党に興味を感じるし、少なくとも彼女に対して好感を持つでしょう。僕だっていい気分になりましたからね」

とは言え、いくら選挙活動でも、独身という七海氏には、無闇やたらと見知らぬ男性たちと抱擁を繰り返すことに抵抗はないのか。「私は宗教法人幸福の科学の職員として、国際部門を担当する部署で働いてきました。学生時代の留学も含めれば訪問した国は30カ国以上になります。ハグはナチュラルな愛情表現や感謝の表現方法として身についているんですよ」

七海氏はあくまで、自身の政策に興味や関心を持ってくれた人への謝意の発露と強調する。老婆心で危険はないのか尋ねると、「フフフ。いつも近くにスタッフがついていますから。これまでどこかを触られたり、危ないことをされたりは一度もありませんよ」

最後に政治評論家の小林吉弥氏に聞くと、「ハハハ、そういう時代なんでしょうねえ。今回に限らず、都知事選挙は人気投票みたいなもの。その意味で、彼女のハグ作戦にはあまり違和感はありません」


この国で、英語の「hug(ハグ):抱きしめる」という言葉が一般的になったのは、ここ10年位だろうか。最近では、海外赴任や留学、旅行等で日本と外国を行き来することが珍しいことではなくなったということも影響しているのかもしれない。

外国に縁のない人でも、欧米諸国には、「挨拶」としてハグ&キスを行う習慣があるということを知っている。海外発の映画やドラマの中で見慣れているせいか、それについて特別言及する人もいない。日本人が挨拶の時に会釈を交わすのと同じ感覚で、「西洋の、ごく当たり前の習慣」として受け止めている。街中で、日本に在住している欧米系の外国人や旅行者達がそれを行っていても、特に何も思わない。「ハグしてるなー」くらいのものだ。

だが、日本人がそれを行うとなると話は別だ。1~2年前、梅田駅構内で、飲み会帰りと思しき20代くらいの男女のグループが代わる代わるその場にいる全員とハグをし合っているのを見た時に思った。「・・・なんか変。なんかおかしい・・・」

皆さん結構アルコールが入っているらしく、酔いも手伝って、キャッキャしながら楽しそうにしている。まあそれは別に構わないのだが、彼らが視界に入ってきた時に感じた違和感の正体が、その横を通り過ぎる時に判明した。問題は、「ハグの仕方」にあった。

多分本人達は、欧米人同様、仲の良い友人同士の「挨拶」としてのノリだったのだと思うが、「違うんだよなー」と。彼らのハグは、基準を超えた、ぶっちゃけ言えば、「非常にセクシャルな関係を匂わせるハグ」なのだ。「いやいやいやいや、その密着度ありえないから!」というレベル。その場にハグの習慣を持つ国の人々が見たら、確実に「恋人同士?」と思ったはずだ。

やっぱりね、礼で始まり礼で終わる、「お辞儀の習慣を持つ国」の人間には、ハグは無理っすわ。元々の「感覚」が備わってないんだもの。文化や習慣から、無意識に刷り込まれた「肌感覚」とでもいうか・・・。道で知り合いに会った時、日本人は自然と会釈が出るが、それと同じように、自然な感じで、無意識に「程よい加減のハグ」ができる感覚がないのだ。

夫や妻、恋人同士のハグ、親子間のハグ、兄弟姉妹間のハグ、友人とのハグ、同僚や知人とのハグ―それぞれ「違い」があり、「使い分け」が必要なのだ。友人同士のそれでも、相手が異性か同性かによっても「加減」は変わってくる。それが自然とできるのが、「ハグの習慣を持つ国の人達」。

完全に付け焼刃の、日本人がする「にわかハグ」は、「体の密着面積の割合」が、明らかにおかしい。男性も女性も、相手が同性だろうが異性だろうが、みんな同じ。「付き合ってんの?」と思うくらいの、ベターっと肩どころか足の先までを密着させた「パートナーとのハグ」なのだ。「基準のハグ」は、わかりやすく例えると、「肩から下はくっつけちゃダメ」くらいに思っていたらいい。まあ、人種や相手との関係性、シチュエーションにもよるが、「基準は肩」にしておけば、まず間違いないと思う。

欧米人達は何気なくやっているようでも、実はハグをする時は、結構気を使っている。特に相手が異性の場合、ハグの仕方やその時の長さで、パートナーに浮気疑惑を持つ人もいるので、意外にみんな苦労しているのだ。

先出の、週刊新潮で取り上げられた都知事候補の女性の「ハグ活動」の記事を読んでもわかることだが、つくづく、やっぱりこの国に「ハグ」は似合わないな、と。

素地がないところに持ち込まれたそれは、妙な中途半端さしかもたらさない。する側もされる側も、恐らく「照れ」や「戸惑い」から来ているであろう「ぎこちなさ臭」がプンプンしているので、見ているほうが気恥ずかしくなるのだ。なにか、「見てはいけない恥ずかしいところ」を目撃してしまったようで、何となく決まり悪い思いをする。

どうも、日本人同士のハグは、不自然な感じがして苦手だ。どこか「演出」めいていて。「フツーにこういうことができちゃう自分って、かっこいい」「自分、そのへんの日本人とは違うんで」というような、妙な自己陶酔やアピールをそこに見てしまうことがある。

だが、やりつけないことはやるもんじゃない。「様にならない」という言葉があるが、その典型だと思う。それが「自然」であったなら、見ている者が気恥ずかしく感じることも、悪目立ちすることもないのだから。

当の候補者は、「わたし留学してたんでぇー、(ハグをすることが)愛情や感謝の表現方法として身に付いてるんですぅ~」と言っているが、写真を見る限り、全然そうは思えませんな。これは、完全に「誤解されるハグ」です。(きっぱり)そして、明らかに「確信犯」ですわ。周囲にいた有権者の女性が、「オンナを売りにして!(怒)」とおっしゃっていたが、完全に同意。こういう時、「同性の、同性を見る目」は確かです。特に、同性の、「無意識を装った異性に対する媚や計算」は一発で見抜くので。

彼女にビジネスハグされた有権者の男性達の言葉からして、もう明白でしょ?と。この国で、「ハグという行為」が、どんな意味合いで受け取られるのかを。自国の文化に元々存在しないものを利用したって、胡散臭さしか感じません。こういうふうに、他文化を中途半端な形で持ち込むのやめてくれへんかな。なんか気色悪いっすわ。

ビジネスハグでポーっとなっちゃった男性票を集めるとか。それに対して苦言を呈することもなく、「最近の都知事選は人気投票みたいなもんだから。こういうのもいいんじゃないですか?ハハハ」とか言っている政治評論家のおっさんとか。・・・何やってんだよ。

いいですか?東京に一極集中しているということは、東京がコケたら日本は大変なことになるんですよ?地方にも影響出まくりです。せっかく投票権を持ってるんだから、せめて「政策」を評価して投票してよ、東京都民の皆さん。また「同じこと」を繰り返すんですか?何回やったら気が済むんですかね?危機感ゼロで地方は呆れてるんですけど。こんなんでこの先大丈夫なん?もう、ほんと、東京マジでしっかりしてください。首都がこんなんじゃ情けないっすわ。

*ブログ内のすべて文章の著作権は、カンテ・イスタ 樫田ミラに属します。文章の論旨・表現等の盗用や剽窃、無断引用を禁じます。当方のブログの内容や表現を無断でそのまま用いる方、少々の手直しを加えて、自分のオリジナルのように装う方がいらっしゃるようですが、モラルを守ってくださるようお願い致します。

インターネット上の文章や画像にも、ちゃんと著作権はあります。著作権侵害に関する訴訟では、①被告による原告の著作物へのアクセス可能性(IPアドレスの調査等) ②被告の利用著作物と原告の著作物における表現の酷似性③原告の著作物の著名性、周知性といったことが立証されれば成立します。故意に侵害した場合には、10年以下の懲役または1千万以下の罰金が科せられます。


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自衛隊擁護派ですが、なにか?
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自衛隊擁護派ですが、なにか?

 2016-07-07
先月、NHKの番組内で、「防衛費は人を殺すための予算」と発言した共産党の議員がいたが、もうバカじゃないかと。左翼の頭の中って、虫でも湧いてんの?自衛隊がいつ人を殺したんですか?創設から60年、1人も殺してませんけど?

この議員、国民をはじめ、多方面から発言を非難され、結局発言の撤回と謝罪をして、「政策委員長」のポストを退いたらしいが、もう遅いよね。公衆の面前で予期せぬ自爆をした共産党、今回の参院選が楽しみですわ。

こういう左翼ピーポーって、結局何が目的なの?と。日本という国や、国や国民を守ってくれる自衛隊を貶める発言がデフォだけど、「この国が嫌いだから」っていうレベルじゃないよね?日本を丸腰にして、その後どうするつもり?「忠誠心」「愛国心」という言葉が適切かどうかはわからないが、彼らのそれは、日本には向けられていないよね。日本国民でありながら、反日発言するとか。

特に政治家で反日とか、魂胆は何よ?と。内側から日本を本気で潰しに掛かろうとしていることを隠そうともしないのが怖いな、と。確かに「野党」は必要だが、根底に反日感情や意識がある場合、話は変わってくる。ルーツ云々を取り沙汰されることもあるが、政治家になるということは、少なくとも現在は「日本国籍を有する日本国民」なわけでしょ?日本国民が、自国の「国益」より、「転覆」「衰退」を推進させようとするって、完全に「異常」でしょ。

この政党、以前から「自衛隊は違憲だ!」とか「自衛隊は殺人集団だ!」とか騒いでいるが、自分達が属している組織と、その核になっている思想についてはどうなのさ?と。共産党と共産主義って、「世界で一番人を殺した集団と思想」なんですけど?それ、わかってます?

「本家」を見てご覧なさいよ。文化大革命で、一体どれくらいの人を「粛清」した?そんなバックグラウンドを持つ思想に傾倒している人間が、「人殺し発言」とかね。「あ゛?どのツラ下げて言ってんだ、ボケ!」って感じで、片腹痛いっすわ。全然説得力ないんですけど。

本家と同様、自分達にとって都合の悪いことは「なかったこと」にするんですか?脱線した高速鉄道の車両を、事故原因の調査もろくにしないで重機で穴を掘って土に埋めたり、ニセミッキーマウスやニセドラえもんがお出迎えしてくれる遊園地、「パクリーランド」が世界中から非難を浴びた時も、速攻閉園した国ですからねー。「血は争えない」ってやつですな。超ウケるんですけど。やっぱり頭の中、虫が湧いてるわ。

大体、自分達の国を守ってくれている自衛隊を廃止するとか、どこからそんな考えが出てくるわけ?それね、日本以外の国で言ってみ?売国奴扱いされるのは確実だから。「おまえはバカか?」って呆れられるよ?大体、防衛費ゼロの国なんて、世界のどこにあるわけ?「軍隊=戦争」っていうその短絡思考、見直したほうがいいよ。安保法を「戦争法案」とか言うこともね。

まあね、「自衛隊をなくせば戦争にならない」っていう左翼ピーポーの主張、ある意味では正しいよね。確かに戦争にはなりませんわ。自衛隊を廃止した後に有事が起これば、一方的に蹂躙されるだけだから。だって、同じ土俵に上がれないんだもん。片や武装した軍隊、片や丸腰なんだから。最初から勝負は決まってますがな。

国土のあちこちで、侵略国による破壊活動や虐殺、略奪が行われて、無抵抗のまま日本は終了ですわ。防ぐ術、抵抗する術を持たないんだから、それも当然だよね。左翼ピーポーの言うとおり、「戦争」は起こらないよ。「侵略」「占領」は起こるけどね。場合によったら「大虐殺」もね。

学生中心に構成されたおこちゃま左翼団体だっけ?「よその国が攻めてきたらどうするんだ?」という質問に、「話し合いで解決すればいい」とか言ったのは。話し合いって・・・。ホームルームかよ。ダメだこりゃ。学校のクラスの揉め事じゃないんだから。誰に知恵をつけられて、誰に資金援助を受けてるのか知らないけど、もう「政治活動ごっこ」は止めたほうがいいよ。

代表の子、「朝まで生テレビ」に出演した時、なーんにも発言できなかったよね?議論についていけてないのが明白で、なんか気の毒だったわ。「場違い」って感じで。初歩の初歩のレベルの政治用語もわからないで政治活動するって、やっぱり無理があるんじゃない?まあこの団体の背景を調べると、いろいろと出てくるので。手短に結論だけを言うと、「洗脳教育は怖いね~」と。

「自衛隊を美化するな!」と左翼ピーポーは何かにつけて言うが、私から言わせれば「非武装を美化するな!」ですわ。「戦わない=平和」じゃねーんだよ!と。

自衛隊はね、日本と日本国民を守るために存在してるの。確かに職務柄、「綺麗事」では済まされない部分も存在するかもしれない。だが、周辺に「侵略」や「戦争」の可能性をもたらす恐れのある国々が現実に存在するにもかかわらず、自衛隊の廃止や非武装を推進するって、一体何考えてんの?と。自衛隊がいなかったら、この国は終わりですよ?

「人殺しに守ってもらいたくない!」とか言うのは勝手だけど、自衛隊はね、自分達をそんなふうに言う人間でも助けなきゃいけないの。彼らだって、内心悔しくてやりきれない思いや怒りは絶対にある。自分達も命の危険にさらされる恐れのある災害現場に出動した時でさえ、そういった暴言を吐かれることも少なくないんだから。

でも、そういった諸々のことを自分達の中にしまって、彼らは黙々と任務を果たすんですよ。いくら「仕事」とはいえ、自分達をあれこれ言う人間のことまで自分が盾になって守るって、かなりの精神力と覚悟がないとできないよ?

もうさ、いっそのこと、左翼ピーポーは無人島にみんなで移住して、そこでコミュニティーでも作れば?独立国家にしちゃえばいいじゃん。日本国民でありながら反日なんだから、ちょうどいいんじゃね?共産主義思想とか左翼思想を元にして、新しい国を作りなはれ。「私達は軍隊を持ちません」「いつ、いかなる時も、日本の自衛隊の援助は決して受けません」とか憲法に入れてね。

自衛隊も助かると思うの。「人道的に」は別として、少なくとも「日本国民を守る義務」からは解放されるんだから。「自衛隊の援助は死んでも受けねー!受けたら憲法違反だー!」ということも、きちんと明文化しておいてもらったほうがいいね。そのほうが後々面倒臭くないと思うし。

有事の時は、「本家」や「お仲間」に守ってもらいなよ。災害時の瓦礫撤去も、建物の下敷きになった時の救出も、水や食料の調達も、全部そちらにお世話になったら?同じ思想を共有する「同胞」なんだから、多分なんとかしてくれるんじゃね?知らんけど。

先日、女芸人のイモトアヤコちゃんのテレビ番組内での発言が話題になった。「世界で最も幸せに暮らせる国」の第1位に南米のコスタリカが選ばれた理由は、「常備軍を廃止した国」「自然エネルギー先進国」である―ということを聞いた時、「どうして軍隊がないことが幸せ?戦争にならないから?でも、こっちが仕掛けなくても、もし向こうから来たときに、軍がないと『アチャー』ってなっちゃう・・・」とコメントしたのだ。

たまたまこの番組をリアルタイムで見ていたのだが、「そのとおり!」と。バラエティー番組特有のやり方で、その発言は結局「笑い」にされて軽く流されて終わってしまったのだが、ネット上で彼女を評価する声は多かった。

日本を出てみるとよくわかる。この国がいかに平和ボケしているかを。例えば、街中を警備中の警察官の銃の携帯方法にも、それは表れる。日本の警官は、拳銃を携帯はしているが、それは、常に拳銃本体が覆われた形状のホルダーに収められたままの状態だ。むき出しにはしていないし、手に持っている状態を見ることは、まずない。

外国の場合はまったく違う。以前、台湾に行った時、台北市街地の警備に当たっている警官は皆、自動小銃を構えた状態でいた。銃身は下向きにしてあるが、いつでも発砲可能な状態にある。「銃社会」であるアメリカは言わずもがな。スーパーのレジの列で、自分の前に並んでいる買い物客の腰に銃がある―なんて光景は当たり前。小学生の子供に、誕生日プレゼントとして銃を贈る親もいる。日本人には一瞬ぎょっとする光景であったとしても、現地の人は気にも留めていない。それが「差」なのだ。

相手が凶器を持った凶悪犯であったとしても、警察官が許されるのは威嚇射撃。相手に向けての発砲はギリギリまでしない―という日本にいては、「武装」に関してアレルギーを起こす人間がいても不思議ではないのかもしれない。だが、それこそが「平和ボケの証」とも言える。日本の外に出て、そこにいる人達と話してみ?「国防」「自衛」というものへの意識や捉え方が全然違うから。

先出の、常備軍隊を持たないコスタリカであっても、国家の非常事態には、国会の3分の2の賛成で、大統領が徴兵制と軍隊編成の権限を持つことになっているし、対戦車ロケット砲等、軍隊並みの装備を持つ、実質「準軍隊」の扱いがされている治安警備隊が存在している。「完全丸腰」ではないのだ。アメリカ軍駐留の影響も大きい。「軍隊がなくても大丈夫な国」の陰には、こういった「からくり」が存在している。

脳天気に「自衛隊を廃止しろ」「防衛費をゼロにしろ」「米軍を撤退させろ」とか、ただ単純に「戦争」という言葉から連想される要素に過剰反応して、それらをなくせばオールOKと考えている左翼ピーポーも、もっと現実を見たほうがいい。

万が一、あなた達が要求していることが実現した場合、速攻で攻めてくるよ、日本の近所の幾つかの国が。明確な悪意を持ってね。その時、あなた達はどうするの?あっさり捕虜にでもなるんですか?それとも「いえね、実は私反日なんですよー。あなた達の同志ですぅ~」とか擦り寄って、その国の「準国民」にでもしてもらう?

戦争なんて、誰が望むよ?原爆を2つも落とされて、あちこちを空襲で焼け野原にされて、一時は再起も危ぶまれた状態になった歴史を持つこの国に生まれた人間なら、平和のありがたみは多かれ少なかれ感じているはずだ。内戦や紛争状態にある国々の映像を見て、どんなに自分達が恵まれている環境にあるか、それもわかっている思う。だが、それも踏まえた上で、「有事発生の際に日本を守る手段・組織」は必要なのだ。

左翼ピーポーの主張は極端過ぎる。「戦争はよくない!」「そうですね。そのとおりです」「だから自衛隊は廃止しろ!」「なんでやねん!?」ってなって当然でしょ、と。自衛隊を廃止した後、どーすんの??大体、一番大事な「because」「therefore」の部分が非常に曖昧且つ感情的過ぎる。「軍隊=戦争」という短絡的な思考が、もうね・・・。

主張するのは結構だが、もう少し肉付けしてください。あなた方の言っていることは、「これほしい!よこせ!」と言っているのと同じレベルです。理屈の通じない3歳児じゃないんだから、もっと頭を使ってください。お子さんが自衛隊にいるお母さん達が、「子供を戦地に行かせたくないから憲法改正反対!」って言っているのとは訳が違うんですよ。片や、我が子を思う純粋な母ごころしかないんでね。確かに、時として「感情」が政治を動かすきっかけになることもある。でも、それだけじゃ「議論」にならないでしょ?

「自衛隊を廃止しろ」というのなら、「その後」についての具体策を出してください。騒いでる割に、なんも考えてないやん。ホンマ、そこんとこ頼みますわ。言うだけならなんとでも言えるんで。あなた達が批判される理由は、そういうところにもあるってことを認識してください。

件の「防衛費は人殺し予算」発言をした議員、顔を拝んでやろうと本人のサイトを見てみたが、プロフィールに、「世界20カ国を訪問し、国際感覚を磨く」という一文があった。

は?20の国を見てきて、このレベル?実際にどこの国を見てきたの?まさか、全部自分達と同じ思想を持つ国じゃないよね?それだったら、この短絡的で幼稚な思考や発言も納得がいくわ。一体何を見てきたの?当然、「日本人として」「政治家として」現地の人達とあれこれ話してきたんでしょうね?具体的に、「日本人として」「政治家として」訪問先で何してきた?そうじゃなかったら、「ただの観光旅行」やん。

口先だけの政治家という職業は、これだからたちが悪いのだ。単なる物見遊山の海外旅行を、「国際感覚を磨く」とか堂々と言い切るんだから。それにね、数行けばいいってもんじゃないんですよ。上っ面だけサーっと流した程度のものなら、「その国を知った」ということにはなりません。この程度で磨かれる国際感覚なんて、まあたかが知れてますわ。利用できるものは何でも利用するというこのスタンス。THE政治家!って感じだね。

本人達は、「自分は日本を動かしてるエリート」くらいに思ってるんだろうけど、所詮は「傀儡」。肩書きが取れたら「一般人」だし。それに、有事の際、政治家が最前線に立って武器を持って敵と戦うことはないし、災害時、生き埋めになった人を腰まで土砂に浸かって24時間体制で救助したり、瓦礫の撤去をしてくれるわけじゃないんで。

スーツ着て国会に行って、空調の効いた部屋であれこれ好き勝手言って、たまに居眠りして・・・楽でいいね。政治家にこそ、1年に2回、1週間程度の自衛隊への訓練入隊を義務付けしたほうがいいんじゃないかと。たるみきった精神と体を鍛え直してもらったら、少しはマシになるんじゃない?

いつだったか、「朝まで生テレビ」で自衛隊肯定派と否定派が、喧々諤々やり合っていたが、その場に同席していた自衛官が意見を求められて、「こういう自由な議論をできる環境を守るのが我々の使命です」みたいなことを言った時、一瞬その場が静まり返ったことがあった。

もうね、その言葉で、それまでの議論の内容は全部すっ飛びましたわ。この強い覚悟と使命感、意志の前では、どんな言葉も意味を成さない。自衛隊は「軍隊」ではないので、彼らを公然と「軍人」とは呼べないが、あの人達は、立派な「日本国の軍人」ですわ。芯の通った「侍」であり、日本男児で、大和撫子ですよ。

PKOで派遣された先の国で、現地の人達に「帰っちゃイヤだ!デモ」をされるなんて、自衛隊くらいですよ?同様に派遣された他国軍が、「ど、どーゆーこと!?なんで自衛隊ばっかり愛されるわけ!?あいつら何かしたのか!?」と驚愕したくらいなんで。その他の国の軍隊には「ふん!( `ω´ )」「つーん!(♯`∧´)」状態の現地の人が、自衛隊には「自衛隊さん♥(*゚▽゚*)」とか、そういう光景が当たり前だったとか。

私の「アメリカのお父さん」であるギルは、アメリカ海軍の司令官だが、同じ軍人として、自衛隊と自衛官を非常に高く評価している。日米合同演習等の際、同盟国の人間として友好的に振る舞いつつも、でもどこかでは日本人をナメて見ていたアメリカ人兵士も、実際に自衛隊の能力や自衛官達の立ち居振る舞いを目にすると、態度がガラリと変わると聞いた。

この「態度を変える」というのが、良くも悪くもアメリカ人のデフォルトなのだが、それが「良い方向に変わる」ということは、自衛隊に対する彼らの尊敬や感嘆が「本物」だということだ。

多くの日本人は勘違いしているが、先進国と言われても、欧米からしてみれば、日本人は「所詮アジアの黄色いサル」なのだ。白人種による価値観が幅を利かせる欧米では、日本人を含むアジア人、いわゆる「有色人種」は未だに「自分達より劣った存在」でしかない。彼らが「劣った存在を認める=自分達の価値観を覆す」ということは、そこに「自分を揺り動かす強烈な何か」があったということだ。それが「渋々」であったとしても、「認めざるを得ないもの」が確実にあったのだと思う。

「組織としても、軍人としても、人としても、彼らは一流だ。尊敬すべき人達だよ」と、事あるごとにギルは言う。私が知っている他のアメリカ軍関係者も全く同様。司令官以上の、いわゆる幹部クラスの人達ほど、その傾向は強い。「士官たるもの紳士たれ」をモットーに任務に就いている人達の言葉に、同じ日本人として誇らしさを感じる。

それなのに・・・他の国の人達がこれほど評価してくれている自衛隊を、どうして自国民が「暴力装置」だの「人殺し」だの言って貶めるかね?国や国民を守る仕事に就いている人達が、これほど低く評価される国ってどーよ?なんかおかしくね?

右翼思想と言われようが、「自衛隊を美化するな!」と言われようが、私は全力で自衛隊を支持するね。だって、「日本人」だもん。この国の陸・海・空を守ってくれている彼らには、感謝の念しかありませんわ。

「自衛隊なんか要らねー!」とか言ってるピーポー、私からすれば、あんたらのほうが「要らない」んだよ。「反日」「嫌日」が根底にある左翼は不要です。それって、「平和主義者」とは言えないんでね。やっていることは「売国」です。そして、あんたらがギャーギャー言っているこの瞬間も、その「大嫌いな自衛隊」に自分達が守られてるってことを忘れんなよ?

ええ。私、自衛隊擁護派ですがなにか?

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圧 力

 2016-04-23
今回のような有事の際は特に思う。この国の人達の「同調圧力」は異常だ。もはや強迫性障害のレベルに近いのではないかと。

同調、協調、共鳴―日本人の意識には、「他者との一致」を何よりも重視・優先することが染み付いている。だが、それが過度に行き過ぎると、そこからはみ出す者に対して「迫害」が始まる。彼らが憎み、厭うのは、自分達と歩調を合わせようとしない「反逆者」だ。「なぜ同じようにしない?こういう時はこうするべきだろう!それが決まりなんだから!」彼らにとっての「善」を盾に、そう迫るのだ。

戦争中は、こういった空気が何倍も、何十倍も強かったんだろうなー、と思う。「赤狩り」と呼ばれることが平然と行われていたし、そう考えると、日本人の気質は70年前と何ら変わっていないのだ。多少マイルドになったとはいえ、やっていることは同じなのだから。相変わらず、足並み揃えたり、空気を読んでそれに合わせることが好きだよね、と。「一つの色」に染まることに、これほどまでにこだわる民族はめずらしいのではないかと思う。「病気」を通り越して、人為的な、体内にそうさせる装置か何かが埋め込まれているのではないかと疑いたくなるレベル。

地震発生の当日、若手の人気女優が、憧れの先輩女優と撮った笑顔の写真をSNSにアップしたところ、「こんな時に不謹慎だ!」「被災者の気持ちを考えろ!不道徳だ!」等という非難が殺到し、結局その写真は削除された。同じような理由で叩かれていた芸能人が複数いたが、そうやって不謹慎云々と「同調しない人」を叩く様は、非常に独善的だなー、と。

「被災者が大変な時に」「被災者の苦労を考えたら」一見「正しく思える発言」ではあるが、はっきり言って、そこにあるのは独りよがりの、相手の事情や心情等を無視した、いわば客観性を欠いた思考だ。自分だけが正しいと信じ込み、後先考えずにそれを押し付ける独善主義に他ならない。

日本人の「同調圧力」ほど質が悪いものはない―私はそう思っている。例えば、今回のように自然災害等の有事が起こった際、誰かが「こういう事態だから自粛を」と言い出すと、たちまちそれに倣う人々や団体が出てくる。特に、娯楽関係のイベント等は漏れ無く中止や延期になるのがお決まりになっている。個人レベルでも、「被災地の人々の気持ちを考えて自粛します」と意味不明な理由で、SNSに楽しい話題をアップするのを控えたりとか。

被災者や被災地に思いを馳せ、一日も早い復興を願う―それは悪いことではない。でも、でもね・・・。

なんですねん、それ??自粛云々というその運び、ほんまのところはどない思うてますのん?「世間もああ言ってるし、とりあえずウチもそうしとこうか~」っていうのが本音ちゃいます?SNSの普及以降、迂闊なことは言えないし、できませんものねー。すぐ拡散されて、場合によったら炎上するし。「被災者のことを考えて」っていう、一見道徳にかなった言葉に従っていたら、まあ言っていることは間違いではないし、少なくとも、見知らぬ誰かから攻撃されたり、会社の評判を落とすこともないわけで。「正しいことに参加している自分」にも酔えますやん?でも、ぶっちゃけ、自粛する理由は「被災者の心情を慮って」じゃなくて、「世間の目」にあるのとちゃいます??

なんていうかなー、自粛だの不謹慎だの言っている人でも、職場や学校の帰りに飲みに行ったり、カラオケに行ったりしてるわけでしょ?友人や家族と外食したり、テーマパークに遊びに行ったりとか。家でテレビのバラエティー番組見て、爆笑することもあると思うし。SNSに笑顔の写真をアップした人を、「この非常時に不謹慎だ!」って非難するのであれば、自分達のそういう「日常の楽しみ」も一切排除するってことですよ?笑顔を不謹慎と言うのなら、お酒飲んでカラオケして騒いだり盛り上がったり、好きな物をお腹いっぱい食べたり、行楽地ではしゃいだりするのも「不謹慎」ですよね?当然「自粛」するべきですよね?

自粛だの言っても、結局「見えるところだけ」というのが実情かと。長いものには巻かれろ式の根性が染み付いたこの国の民族性を考えたら、「とりあえずベクトルが大きい方に傾く」のは当然なんで。21年前の阪神淡路大震災の時、5年前の東日本大震災の時、そして今回の熊本地震・・・こういう有事の時には、やたら独りよがりの正義を振りかざす人が必ず出てくるけど、エネルギーを向ける方向が違うんじゃないかと。

世間のそういう流れに、簡単に同調してしまう人も一緒だ。この世の中には、「正しい言葉を使って、おかしなことを言う人」がいる。それも少なからず。上辺だけの言葉や響きに丸め込まれないこと。「本当にそうか?」と、自分自身の頭で考えること。

被災地でのボランティア活動に参加できないとしても、募金等今の自分にできることをして、「被災地が一日も早く復興できますように。被災者が一日も早く心身ともに落ち着ける日がきますように」という思いを自分の中に持っていればいいのだと思う。笑顔の写真をアップするのを控えたり、やたらめったらイベントを片っ端から中止にしたりすることが被災者に寄り添うことではない。

今回は被災者にならなかった他の地域の人達は、「普通に、いつものように」生活していたらいいのだ。その分、「普通の生活」の中で蓄えたものを、何らかの形で被災地や被災者に還元したらいい。日本全国で一緒にうなだれていては、共倒れになるだけだ。余裕や余力のある者が、そうでない者を支える―「ボランティア」の根幹にあるのはそれなのだから。

自粛だの自重だの、結局は建前だけの、「見える部分」だけに適用される道徳論を振りかざして、独りよがりの正義を押し付け合っている場合かよ。筋違いのところに圧力かけてどーすんだよ。自分の正義を主張したいなら、別のところでやったらいいんじゃね?―少なくとも、私はそう思う。

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問う

 2016-04-19
熊本地震の発生に伴い、全国で募金活動や各種ボランティア団体の立ち上げが始まっている。連日報道される避難所の様子や被災者の方達がSNSで発信しているリアルタイムの声を見聞きして、「何か自分にもできることを!」と思う人達が多いのだと思うが、率直に言って、「ちょっと待って。それって今必要?冷静に考えてみようよ」という内容のものも複数存在している。

SNSを通じて、「被災地に千羽鶴を送ろう!」という趣旨の呼びかけをしている人達が少なからずいるようだが、正直「それって今じゃないとダメなの?」と。被災者の方達を励まそうとする気持ちは理解できるのだが、200人の被災者に対して飲料水が9箱しか届かない、7~8人のグループにおにぎりが1個しか行き渡らないという状態のところに、いくら善意とはいえ、千羽鶴が送られてきても困ると思うのだ。

ボランティアをしてきた人間から言わせてもらえば、相手の都合を無視した善意は、ただの押しつけの自己満足に過ぎない。相手にそれを受け取る準備が出来て、それは初めて形を成す。相手が求めなければ、それがいくら「良いこと」であったとしても、それは「ムダ」なのだ。タイミングを間違えば、自分にその気はなくとも、善意を悪意に取られることもあるし、相手の苛立ちを引き起こすことにもなる。

千羽鶴を送るのもいいが、それは被災地に復興の目処が立ってからの話。人々の気持ちが落ち着き、ある程度の余裕が持てるようになってからの話だ。被災者にとっては、今は「少し先の未来」より、「今現在自分達が直面している現実」のほうが切実なのだ。同じ「紙」を送るなら、トイレットペーパーやティッシュ、おむつのほうがいい。先走る自分の思いはひとまず抑えて、「現実的な考え」をするべきだと思う。

ボランティア活動が今ひとつ根付いていないこの国の人達は、「する側」も「される側」も、その事態に「慣れていない」のだ。タイミングも内容も、距離感も、互いにちぐはぐで噛み合わないことが多い。だが、まずは精神的に余裕のある「提供する側」が、冷静になることが必要だと思う。

被災者に気持ちを添わせることが悪いとは言わない。だが、その度合いが過ぎて、ある種のディザスター・ハイになった人が、後先考えずに、食料も装備も持たず、土地勘のない被災地に乗り込んだ挙句、自分も避難所のお世話になる―という事態が、5年前の東日本大震災で頻発したことがいい例だ。「慣れから来る加減」がわからない典型だと思う。

前回の震災で得た教訓は多い。一般人から送られた物資は、それを配布する環境が整っていないと「ゴミ」になる。ボランティアも、現地の受け入れ体制が整うまでは、政府や行政に任せたほうがいい。誤解を恐れずに言うが、たとえ「政府は何やってんだ!」と歯ぎしりするような状態だったとしても、個人の独断でのボランティア決行は控えたほうがいい。実際、それらは5年前も現地で様々な問題を引き起こしたのだから。

私自身の経験から言わせてもらうが、極端な話、ボランティアは、「何かあったらいつでも言って。いつでも動けるよ」という姿勢や意思を表明し続けるだけでいいのだ。「ここにいるよ」と。そして、実際に求めがあったら行動する。そのスタンスでいい。能動的に行動するのも場合によってはありだが、こういった自然災害等の場合、すべてが特殊だ。素人が正義感から・・・というのは、逆に迷惑になることもある。それこそ、「善意の押しつけ」「自己満足」で終わってしまうことになる。

他者に対する共感能力の高さは、この国の人達の美点でもある。だが、長所と短所は表裏一体だ。それが逆方向に作用することもある。だから、こんな状況だからこそ、ちょっとクールダウンして、もう一度よく考えてみません?もっといい方法が見つかるかもしれないし。ね?

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