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ロイヤルオーラ

 2009-09-17
秋篠宮ご夫妻のご成婚から2~3年経った頃だったと思う。ご夫妻を2メートルの距離からお見かけしたことがある。

当時の職場は、東京の西新宿にある高層ビルだった。ある時、仕事の合間を縫って、連絡通路で繋がれた隣のビルの1階にある銀行に向かっていた時だった。

連絡通路を歩いていた時、向こうから「樫田さ~ん!」と、ブンブン手を振っている女性がいる。「あ、Iさん」彼女は、私が今から行こうとしていた銀行の営業ウーマンだ。彼女の銀行とうちの会社が業務提携していたこともあり、彼女とは顔見知りだった。

「こんにちは~」と手を振り返すと、興奮した面持ちのIさんが、こちらに向かってダーッと走って来た。「樫田さん!紀子様がいる!!」「え?!どこ?!」「こっち!」彼女に手を引っ張られて走っていくと、連絡通路の出入り口近くの某カメラメーカーのショールーム前に、小さな人だかりができている。

見ると、ショールーム入り口、ドアの前に秋篠宮様と紀子様が立っているではないか!思わずIさんと顔を見合わせた。「紀子様、きれい!!」


その数日前、偶然新聞の記事で見ていたのだが、そのカメラメーカーのショールームでは、皇太子様や秋篠宮様の従兄にあたる方の写真展が開かれていた。アメリカのホスピスとその患者達を題材にした日本初の写真展であり、皇族所縁の人が撮影者ということもあって、新聞でも割と大きな記事で取り上げられていた。

ご夫妻はその写真展にいらしていたのだ。ちょうど関係者からの出迎えの挨拶をお受けになっていたところだった。

私達の手前に紀子様、その隣に秋篠宮様が立っていらっしゃった。お忍びだったのか、SPも3人しか付いていない。周りにいる私達にも何の制限もなく、お2人が立っていらっしゃる所から半径2メートルほどのところに自然とできた人垣にも「ここから先は入らないでください」的なロープも張られていなかった。

「SP少ないですね」「こんな簡単な警備でいいのかな」Iさんと最前列でヒソヒソ話しながらも、目はお2人に釘付けだ。特に目の前にいらっしゃる紀子様に。秋篠宮様もスラリとした素敵な方だったのだが、どうしても紀子様に目が行ってしまう。

淡いピンクのスーツを着た紀子様は、本当に美しかった。意外だったのは、背がお高いこと。皇族で一番背が高い178センチの秋篠宮様と、それほど変わらないのだ。3センチ位のヒールの靴を履いていらっしゃったのだが、多分170センチ前後はおありになると思う。

お肌も色白ですべすべ、お顔なんかキュッと小さくて、足も細くてスタイル抜群。映像や写真から受ける印象よりも、ずっとスリムでいらっしゃった。同性の私でも見惚れるくらいだ。秋篠宮様の一目惚れ―というのも頷ける。

秋篠宮様より半歩下がって立っていらっしゃるその姿は清楚で控えめ。楚々とした佇まいなのだが、自然と目が惹きつけられてしまう。何というか、天女や観音様、マリア様といったような常人離れした美しさ。「高貴」「神々しい」とはこういうものか―と思った。

発しているもの、「オーラ」が全然違うのだ。まるで真珠のような、柔らかくてしっとりとした美しさ。後にも先にも、あの時の紀子様と同じ雰囲気や美しさを持つ人に、私は一度も会ったことがない。

私達以外の人達も、紀子様に目を奪われて「綺麗」と口々に囁き合っている。会場に入られる時、お二人はボーッと見惚れている私達のほうを見て、にっこりと会釈をしてくださった。私達も慌てて一斉に頭を下げる。そしてお二人は会場の中に消えていった。

その間、多分5分程度だったと思う。だが、お二人のいらっしゃったその間、その場の空気が明らかに違っていた。明らかに澄んで清々しいものになっている。

Iさんとも言っていたのだが、ご夫妻の周りが「明るい」のだ。大袈裟でなく、まるで後光が差しているというか、ご夫妻から光が出ているような感じで。

私達の後ろにいた50代くらいのおじさんが、私達の話を聞きつけて、「やっぱりそうですよね?私だけかと思っていたんですけど」と話しかけてきた。「ですよね?なんだったんだろう?」3人で首を捻っていたのだが、本当に不思議な現象だった。


その昔、中世のヨーロッパ―イングランドやフランスでは、国王が手を触れただけで病気が治る「ロイヤルタッチ」という現象の存在が認識されていた。治る病気は限られたものだった等、諸説あるようだが、そういったことが現実に起こっていたのは事実だ。

だが、秋篠宮ご夫妻を間近で拝見して、その「ロイヤルタッチ」に関しても「十分あり得ることだ」と頷ける気がした。ご夫妻と私達の間を隔てるテープの類もなく、SPの制止もなく、お二人との間に自然とできたあの2メートルの距離、あれこそが「やんごとなき方達」との「差」なのだ。

近寄りがたいというのとはまた違う、「恐れ多い」というような、自然と平伏してしまうような、そんな「特別さ」。大統領や大臣クラスのVIP、世界のセレブリティー等ともまったく違う明らかに一線を画すもの、「犯すべからず、触れるべからず」そういった畏敬の念を自然と抱かせるような、皇室や王室だけが持ち得る「威厳」「風格」というものなのだと思う。

当時のアメリカ大統領、クリントン氏が来日中の時だった。ファーストレディーのヒラリーさんが単独で東京都知事を表敬訪問したところに偶然居合わせたことがある。都庁の正面玄関に横付けされた車から颯爽と降り立ったヒラリーさんは、黒のパンツスーツにブロンドの髪が映えて、「威風堂々」といった感じだった。その頃から「スーパーウーマン」のオーラ全開だったが、やはり皇族、王族の持つそれとは違っていた。

阪神淡路大震災の時、天皇皇后両陛下が被災地を訪問なさった時の映像に、お声をかけられて感極まって涙を流す人の姿があったが、悲しみや感謝の感情以外にも、お二人の「神々しさ」のようなものに魂が反応したのだと思う。人というものは、そういった人知を超えた神々しい何かに出会った時、涙を流すものなのだ。


「さっき紀子様見ちゃった~♪」「え~?!いいな~!」と、散々職場の同僚を羨ましがらせた挙げ句、家に帰っても父に「今日紀子様見ちゃった~♪」と自慢すると、妙な所で負けず嫌いの父は、「へえ!でも、お父さんなんか美智子様見たことあるもんね~」と反撃してきた。(まあ「この親にしてこの子あり」なのだが・・・)

だが、私が「紀子様オーラ」について話すと、父も同様のことを言っていた。「なんだかわからないけど、美智子様の周りがやたら明るくて眩しかったんだよな~」と。

やはり「やんごとなき方達」というのは、オーラまで私達パンピーとは違うようだ。「わたくしはあなた方とは違う世界の人間ですのよ」とばかり、変にカリスマを気取りたがる「勘違いの平民」とは訳が違う。黙っていても滲み出てくる、神々しさに自然とひれ伏したくなる―それが備わった「格」というものなのだ。


【追記】
中世ヨーロッパの宗教画で、聖人や高貴な人物の頭の上に光の輪が描かれていることがある。あれもやはり、その人物の持つもの、放っているものである「オーラ」を表現しているのだと思う。やはり、その人の中の「光」といったものは、五感で感じ取れるものなのだ。


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その場所の気

 2009-06-22
サロン兼自宅になっている今の部屋は、一瞬で入居を決めた。不動産業者の人に案内され、玄関を入ったと同時に「ここだ!」と直感したのだ。リビングに入って、その直感は確信へと変わった。「決めました。ここにします」

その日は他にも3つほど部屋を案内してもらっていた。だが、どれもピンと来なかった。特にその中の1つは、建物に入った瞬間から「なんとなくイヤ」だった。平日の午後の早い時間で、建物自体は静かだったのだが、何というか「落ち着かない」のである。目的の部屋の階でエレベーターを降りた瞬間、その「落ち着かない感」はピークに達した。

玄関のドアを開けた瞬間、「やっぱりイヤだ。ここじゃない」と思ったのだが、不動産屋さんの手前、とりあえず部屋を入ってみた。

が、リビングに入った瞬間「何この空気・・・」と思わずたじろいでしまった。窓を開けて空気を入れても、最初に感じた重苦しさや、澱んだ感じは一向に消えない。落ち着かないザワザワとした感じは相変わらずだ。「こちらが洋室になります」と案内された部屋に入ると、なぜかその感覚が強くなる。

「変な部屋だなー」と思っていると、不動産屋さんが「実はですね」と言い出した。多分私の様子を見て、この部屋は選ばないと確信したのだろう。「お隣の部屋なんですけど、親子で住んでいらっしゃるんですが、結構頻繁にケンカをされるようでして・・・時々ご近所から騒音のクレームが来たり、パトカーが呼ばれるらしいんですよね。悪い人ではないようなんですが・・・」

そのお隣と壁を隔てているのが、先ほどの洋室だった。どうやらあの落ち着かない感じは、そのお隣の部屋から来ているもののようだった。そして、その「気」はフロア全体にまで蔓延している。結局その部屋には正味5分もいなかった。


その後に案内された部屋は、建物自体割と新しく、お洒落な感じだった。エントランスなどちょっとしたホテルのロビーのようだし、使いやすそうな間取りだった。交通も便利。問題のある住人もいないとのこと。

だが、建物を入った時に最初に感じたことが引っかかった。「なんとなく暗い」のだ。照明とか日差しの入り方といったことではなく、雰囲気的に「暗い」。全体的に「どんより」という感じなのだ。

ベランダも広いし、花や木が植えられた中庭に面しているし、その「どんよりした暗さ」さえなければ完璧だった。「決めちゃおうかな」と思ったりもしたのだが、「でもやっぱり・・・」と、なかなか決心がつかない。「よし!」とは思うのだが、次の瞬間やっぱり躊躇する気持ちが出てくる。

そういった自分の中から出てくる声、「直観」というものを侮ってはいけない。躊躇するのには何か理由が存在するのだ。ある意味それは、潜在意識からの「警告」でもある。

「すみません。他の部屋、見せていただいてもいいですか?」そうしてやって来たのが今のマンションだ。当初予定には入っていなかったのだが、不動産屋さんが手持ちの資料を見て、「ここはどうですか?行ってみます?」と急遽行き先変更してやって来たのがこの部屋だ。

なんというか、とにかく部屋の空気が気持ち良かった。前に住んでいた人が出られてから1年ほど経つということだったが、良い意味で「前の住人の痕跡」が残っていない。

前に住んでいた人のエネルギー、思念のようなものは、やはり何らかの形で部屋に残ると思う。それはその部屋の空気等の中に留まっていたりすることが多い。そして、その部屋の「気」が、自分の発する「気」と相容れない場合、「なんとなくイヤ」「居心地が悪い」という感覚によって、それを知ることができる。それは部屋や家だけに限らず、他の場所にも共通する。


うちにセラピーやカウンセリングを受けにいらっしゃる方達は、「なんか神社みたいですね!清々しいです~!」「玄関を入った時から空気が違いますね」などとおっしゃってくださる。「気持ちが良い」と、しきりに深呼吸される方もいる。

いろいろなご家庭に出入りする機会の多い業者の方達―電気系統や内装関係等は、やはり仕事柄そういったことに敏感になるのだろう。同じようなことをおっしゃる。その後は決まって「何のお仕事をされているんですか?」と聞かれることになる。

「気」というものは、ごまかしが利かない。動物的な部分である「本能」に直接訴えかけるものだからだ。特に自分の家に関しては、自分自身の発しているものがそのまま反映される。その場所に流れる気とは、まさにその場所の本当の姿を映し出している「鏡」であり、その場所の本質そのものなのである。


【追記】
パワーストーンを置いたり、盛り塩をするのも結構だが、「基本は毎日の掃除」だと思う。特にサロン等人の出入りが多い部屋は、掃除や整理整頓、空気の入れ換えは欠かせない。

前日や前の時間帯の人の「気」が残っている状態で、その後にいらっしゃる人をお迎えするということは失礼に当たる。また、掃除をすることによって自分自身の気、サロン自体の気が整い、清められる。

内も外もクリアに保つ―パワーストーンや塩での浄化に頼る前に、まず基本である掃除・換気をきちんとしてください。

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幽霊からのクリスマスプレゼント

 2009-02-01
幾分季節はずれの話だが・・・

私の「アメリカの両親」である、ギルとマージはとても知的なカップルだ。そして感性が豊かで鋭い人達でもある。二人とは本当にいろいろな話をしたが、今でも忘れられない話がある。

その内容がかなり不思議というか、「奇跡」や「見えない世界」の存在を身近に感じさせられるものだったことと、当時、アメリカ海軍で最も若くして司令官になった「エリート仕官」のギルから聞いたという意外性のようなものがそうさせているのかもしれない。


その日はクリスマスだった。友達を大勢呼んで大騒ぎしたパーティーがお開きになった後、私達はリビングの後片付けをしていた。残りは明日片付けることにして、ちょっとお茶でも飲んで休憩しようとなった。既に夜中の12時を過ぎていた。

思い思いにソファに座ったり寝転んだり、私達はしばし疲労とお祭り騒ぎの余韻でボーッとしていた。その時ギルが突然私に向かって言った。「幽霊って信じるかい?」

クリスマスに幽霊の話が出てくるとは思わなかったので、ちょっとびっくりしたのだが「うん、いると思う」と答えると、「じゃあ、奇跡って信じる?」と、今度はそう聞かれた。

どちらかというと、ギルとは日米の文化や政治等、現実的な話をすることが多かったので、幽霊とか奇跡とか、そんな言葉が彼の口から出てくるのが意外だった。

「奇跡はあると思う」そう答えると、そばで聞いていたマージがウインクをして「それじゃあ、絶対にこの話を聞かなきゃダメよ」と言う。「クリスマスに幽霊が奇跡を起こした話なんだから」


それは、まだギルが生まれる前の話だという。

ギルの父方の一族は、代々LAに住んでいる。家族間の結びつきが強く、一族で機械工場を経営していた。ギルが生まれる前、経営者だった彼のお祖父さんが、ある機械と、機械用部品を発明した。それは当時画期的な製品で、アメリカ国内はもとより、ヨーロッパ等からも注文が殺到し、工場はかなりの利益を得るようになった。

しかし、そんな矢先、お祖父さんが50代前半の若さで、心臓発作で急死した。葬儀も終わり、工場を再開させようとした時、問題が起こった。現在の工場の利益の大半を占めるお祖父さんの発明した機械と部品の最重要部分の製造方法は、発明した本人の、当の亡くなったギルのお祖父さんしか知らなかったのだ。

製造工程の要、トップシークレットの部分が解らない。お祖父さん自身、まさか自分がこの若さで亡くなるとは思ってなかっただろうし、大学を出て間もない、ファミリービジネスに加わったばかりの息子達には、追々伝授していこうというところで、不測の事態が起こってしまった。

全員で苦心惨憺、試行錯誤してみたのだが解決しない。どこかに製造工程を書いた書類があるかもしれないと探したが、それも見つからない。注文を受けることができないので、利益を上げることができない。当然工場の経営は、たちまち傾きだした。

お祖父さんが亡くなって半年、年明けまでに何とかしないと工場の経営が立ち行かなくなる―という状況にまで追い込まれた。全員が工場閉鎖を覚悟していたという。明日はクリスマスイブだというのに、お祝いする元気もなく、家族皆が暗く沈んでいた。

その次の日、クリスマスイブの夜、一番上の息子―ギルのお父さんが、彼の父親―亡くなったお祖父さんの夢を見た。夢の中のお祖父さんはとても元気そうで、生前の姿そのままに見えた。そして現在の家族の状況を案じていたという。その夢の中で、お祖父さんは息子を工場に連れて行った。そして自分しか知らない例の機械と部品の製造工程を詳しく説明し始めた。

実際に工具を使い、時には息子の手を取って、詳細に製造方法を教えたという。その時のお祖父さんの手の感触は、夢とは思えないくらいリアルなものだった―と、ギルのお父さんは後に家族に語っている。

そして詳細を教えた後、実際に一人で作ってみるように息子に言い、彼がちゃんと仕上げることができるのを確認すると、こう言った。「さあ、今すぐ起きて教えたことを全部ノートに書き出すんだ!」

その瞬間、ギルのお父さんは目が覚めた。訳も分からないまま、手近にあった紙に、夢の中で父親が自分に教えた方法を夢中で書き留めたという。

驚くのはこればかりではない。翌朝、まだ夜も明けきらないうちに、2番目の息子―ギルの叔父さんが兄の家に駆け込んできた。たった今、夢に亡くなった父親が出てきて「もう心配することはない。作り方は全部お前のお兄さんに教えたから大丈夫だ」と言ったという。

お互いの話を聞いた二人は口も利けず、しばらく驚きのあまり放心状態だったらしい。しかしすぐに家族全員を叩き起こすと、自分達に起こったことを伝えた。その場にいた全員が驚き、興奮したが、やがてそれは感動の涙に変わっていった。

そして実際に工場で、夢の中で教えられた方法で作ってみると、すんなりと、何の支障もなくそれは仕上がった。またそこで全員が新たな涙にくれたという。

奇しくもその日はクリスマスだった。亡くなったお祖父さんからが家族に贈ったクリスマスプレゼントだった。そしてそのことにより、また工場の経営状況は回復した。その後お祖父さんが家族の夢等に出てくることは、一度もなかったという―。


「だから僕の一族はこのことを『クリスマスの奇跡』って呼んでるんだ」

その話のあまりの内容に、私はいつの間にか呼吸をすることさえ忘れていたらしい。ギルが話し終わると同時に大きな溜息が出た。ただただ、圧倒されていた。まさに奇跡―。どんな言葉も、その事実の前には霞んでしまう。思わずぬかずきたくなるような、そんな神聖な気持ちが満ちてくる。

こういった不思議な現象や、この世のものではない存在を真っ向から否定、排斥する人がいるが、時空を超えた奇跡は確かに存在すると思う。信じる、信じないは個人の自由だが、科学で証明できること、目に見える世界のもの、自分が理解できるものだけがすべてではない。

クリスマスに起きた奇跡、お祖父さんの幽霊がくれたクリスマスプレゼント―現代のお伽話だ。

私達は、改めてクリスマスの乾杯をした。クリスマスの奇跡に―。家族の危機を救ったギルのお祖父さんに―。魂の神秘と永遠に変わらないその絆に―。




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転生の意味

 2009-01-05
アメリカを代表する企業、「フォード」の創設者であり、「自動車王」として世界に名高いヘンリー・フォードは、生まれ変わり―「転生」を信じていた。そして次のような言葉を遺している。

「あなたも私も、つまり、私共は皆、何度も繰り返し生まれてきて、何回も人生を生き抜き、豊かな経験を蓄積するのである。いわゆる直観的才能と見られるものは、実は多くの労苦を経て手に入れた経験に他ならない」

過去生回帰のセッションをする度に感じるのは、人が何度も生まれ変わる理由は「自己(魂)の成長と改善」にある―ということだ。

過去生で学んだことや得た才能を、今生でもっと進んだ形―もっと洗練された段階のものに高めるために―。途中であきらめ投げ出したものにまた向き合うために―。誰かと交わした誓いや約束を守るために―。そうして人は生まれ変わってくるのだと思う。

「自分が過去生から持ち越していること、今生での課題は何か?」多くの人がそう思っている。自分がこの世に生まれてきた意味―それは「日常の中」にある。自分が今置かれている環境、自分の考え方や感じ方、周りの人との繋がりや関わり方―そういったごく当たり前の、何気ない日常の中に、そのヒントが隠されている。

例えば、今の自分が人に対して依存傾向が強かったりする場合、「自立」ということを学びのテーマに設定しているのかもしれないし、頭で考え過ぎて結局行動に移せずに終わってしまうことが多いのであれば、「行動力」を今生での課題にしているのかもしれない。

どんな小さな「不正」でも許すことができないと思っているのであれば、「清濁併せ呑む」「寛容」ということを、今生で向き合うテーマに決めていたりすることもある。

「好きでやっていること、興味を惹かれること」の中には、過去生から引き継いでいるものも多い。今生ではその才能を伸ばすことを決めたのかもしれない。

たとえ今現在、「生まれてこなければよかった」と思っていたとしても、「誰が産んでくれって頼んだ」と、親を憎んでいるとしても、「どうしてこんな人生なんだ」と嘆いているとしても、この世に肉体を持って生まれることを望んだのも、その親を選んだのも、その人生を選び、状況を設定したのも、すべて自分自身に他ならない。肉体を持つ魂の状態の時に、自分でそう決めたことだ。

辛いこと、苦しいこと、苦手なこと―その中にこそ、魂のテーマが隠されている。逆境を乗り越える強さを身につけるために、それを通り抜けた先にあるものを掴むために、自分でプログラムしたことだ。すべては納得済みのこと。そして「自分はやり遂げることができる」と確信しているからこそ、その道を選んだのだとも言える。

今現在自分の身に起こっていることは、すべて必要なこと。その一つひとつが、魂の成長へと繋がっていく。転生を繰り返し、経験を積み重ねていくことで、魂は練られ、磨き上げられ、その輝きを増していく。



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ある魂の物語

 2008-12-19
その魂が、いつからこの地球上に存在するようになったのかは分からない。

自分がどこからやった来たのか、いつからこの星に存在しているのか、何のためにここにいるのか―魂自身、それを記憶していない。

地球という星で、人として生きることを、その魂は選択した。なぜそれを選んだのか、その理由は思い出せない。しかし、それが自らの選択であったということだけは、何となく感じている。決して無理強いされたものではないということを、どこかで認識している。

ある時期、その魂はエジプトという国で、男性として生きることを決めた。そして、やがて神官となった。ある場所で、人々の意識を改革し、その肉体を改造・変化させるということに携わっていた。それが彼の仕事だった。

そして、意識の改革が起きた時、病気や傷は治癒するということを認識した。人間の意識に秘められた力と、意識と肉体との深い繋がりに、彼は驚嘆した。

やがて彼の中に一つの欲望が芽生えた。「もっと違う形でその力を使ってみたい。それを他の目的に使いたい」意識の持つ力、その可能性を、極限まで追求してみたかった。

彼が望んだことは、許されないことだった。定められた目的以外のことに、その力や方法を利用することは固く禁じられていた。それは「掟」でもあった。だが彼はそれを破った。欲望の赴くまま、それを実行した。そしてその事実が明るみに出て、彼は禁を犯した者として処刑された。

また別の時代、その魂は中国という国に転生していた。群雄割拠する時代、権力者として、かなりの力を持っていた。そして、裏切りや陰謀が渦巻く中で命を落とした。

日本のある時代では、戦に負け、落城と共に自刃した城主の父親と一緒に、5歳で果てた男児だった。

フランスのマルセイユでは、教会の掃除婦の私生児として生まれた。そして、母親の死後に孤児となった自分を養ってくれたその教会の修道女になった。17歳の時、志願して、異国の地に宣教の旅に出た。出発から数日後、乗っていた船が大時化に遭い難破、そのまま船と一緒に海に沈んだ。

スペインでは、その土地の有力者の妻、熱心なカソリック教徒だった。しかし教会の神父と恋に落ち、夫を裏切った不埒な妻、カソリックの禁を犯した罪人として、その身を追われた。そして年老いて死ぬまで、人里から遠く離れた場所で孤独に人生を送った。

幸せで平穏な時代もあった。ある時期は日本で、愛情をその身に余るほど受けて育った裕福な商人の娘として。自然と共存し、穏やかな人生を送った北米・南米大陸の原住民の時代。自分の正義を貫き、理解者にも恵まれたイギリス人の新聞記者としての人生。中近東の砂漠の民だった時代―。

その魂が、この地球上で、どれだけの転生を繰り返しているのかは分からない。何百回か、何千回か―今分かっているのは、そのほんの一部でしかない。

しかし深い意識の底には、そのすべての記憶が刻み込まれている。「知らない」「わからない」のではなく、「思い出していない」だけだ。

今その魂は、日本にある。人生の折り返し地点にほぼ差しかかった今、何となく自分が何のために生きているのか、この人生で何をしようとしているのか、それを理解しつつあるようだ。

しかし、そのゴールが何なのか、何と繋がっているのかは、まだ分からない。だが、それは「今現在」というものの延長線上に、確実に存在するということを知っている。

だから決して迷わない。今自分がいるこの場所で、今自分がやるべきこと、やろうと決めたことに真摯に取り組んでいれば、必ずそこにたどり着くことが分かっているから。

「平穏無事」という言葉とは無縁な今の人生も、全部自分自身でプログラムしたということを納得している。どうやら魂の「仕上げ」の段階にいるらしい。

自分以外の、何人かの人達にも、それは分かるようだ。「今回が最後ですね」そう言われる。人として生きることの総決算。この地球上での最後の転生。そのフィナーレを飾るように、目いっぱいの課題を、学びのテーマを、その人生に詰め込んだようだ。

それぞれの人生で縁のあった人達との再会も、次々と果たしている。どうやらこの星での、最後の挨拶を交わすためらしい。えもいわれぬ懐かしさと、数々のデジャブと―初対面で、お互いの中にそれを確認する不思議な感覚。縁(えにし)の糸は途切れない。

この人生の後、その魂がどこに向かうのかは分からない。しかしこの地球上での旅は、まだしばらく続く。最期の時まで、魂は旅を続ける。


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