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さよならサンタさん

 2009-12-24
「愛とか連呼してるヤツってうざくね?」「ワンネス(『すべてはひとつ』というスピ系御用達用語)?何それ?食べられんの?」などと、やさぐれた発言を日々平然と連発する私だが、「じんぐーべー♪じんぐーべー♪」と口ずさみながら、画用紙にクレヨンでサンタクロースへの手紙を嬉々として書いていたような無邪気な時代もちゃんとあった。

インターネットを始め、情報が飽和状態の今、「サンタクロースなんているわけねーじゃん」」とのたまう可愛くないガキ早熟なお子様もめずらしくないようだが、私が幼稚園や小学校に通っていた1970年代頃は、まだ「子供が子供らしかった時代」だった。高度成長期ではあったが、今の時代と比べると、物も情報も圧倒的に少なかった。

だが、その情報や物の少なさが、年齢に不釣合いな妙な「しらけ」状態から、子供を遠ざけていたような気がする。ある意味「健全」な状態に置かれていたというか、「子供が子供らしく子供時代を送れるように」保護されていたような気がするのだ。物が少ないから不幸というのではなく、逆に、その「不足分」を物以外で補うことができる力をつけてもらったように思う。

だから純粋というか、おとぎ話やファンタジーを素直に信じる子供が多かった。もちろんサンタクロースの存在も。さすがに小学校中学年くらいになると、だんだん半信半疑の状態にはなるのだが、それでもまだ、多くの子供は圧倒的に「サンタさん」を信じていた。


「子供と大人の境目は?」という定義の中によく挙げられることだが、「サンタクロースの存在を信じているか、いないか」というものがある。だったら私の子供時代は、わずか6歳で終わったことになる。36年経った今でも「あの瞬間」を思い出すと、何とも言えない複雑な気分になるのだ。「自分が大人になった瞬間」をはっきりと自覚した6歳児なんて、めったにいないと思う。

子供心に「見てはいけないものを見てしまった」という罪悪感や、何の心の準備もなしに「現実」といきなり向き合った時の脱力感というか。私がこんなにやさぐれた大人になってしまったのは、ひょっとしたらここに原因があるのではないだろうか。


36年前のクリスマスイブの夜、6歳の私は布団の中で展転としていた。「起きてるとサンタさん来ないよ」と親に言われて慌てて布団に入ったのだが、興奮のせいか全然寝つけない。眠ろうと努力をしてみても、それに反して目や頭はギンギンに冴えてくる。「早く寝ないとサンタさんが来ない」と焦る一方、こんなことも思っていた。「このまま起きていたらサンタさんを見られるかも」

「好奇心は猫をも殺す」という英語の諺がある。9つの命を持つとされる猫でも、好奇心に任せてあちらこちらに首を突っ込むと命がいくつあっても足りないことになる―ということから、「好奇心もほどほどに」という意味で使われているのだが、この時の私はまさに、「好奇心いっぱいの猫状態」だった。だが、好奇心のない6歳児など、この世にいるだろうか。

しかし、この時の私はまだ知らなかった。その好奇心のせいで、あと数分後に自分が「子供」でいられなくなるということを。「子供が知らなくてもいいこと」がこの世には存在しているということを。


その時、廊下が小さく「ミシッ」と鳴った。誰かが廊下を歩いて来る気配がする。「サンタさん!?」気配は私が寝ている和室に近づいてくる。息を殺してじっと寝たふりをしていると、枕元の襖がそっと開けられた。「来た!サンタさんだ!」心臓の鼓動はマックスになっている。「サンタさんだ!サンタさんだ!」その言葉だけが頭の中をぐるぐる回っている。

そして、私の枕元に何かが置かれた気配がした。「プレゼントかな!?」今年はお手紙に「サンタさんへ ミーちゃんにおはなのゆびわをください」と書いておいた。何日か前、「サンタさんに届けておいてあげるね」と、おかあさんがその手紙をどこかに持っていったけど、あの手紙読んでくれたのかな?おはなのゆびわだったらうれしいな・・・

が、サンタさんと思しき人が、またそっと襖を閉めようとしたその瞬間、私の中の「好奇心いっぱいの猫」が「ニャアーー!」と目覚めてしまった。「後悔先に立たず」その後人生でこの言葉を聞くと同時に、私の脳内ではこの時の光景が自動再生されるようになってしまった。

襖が閉まる直前、私は好奇心を抑えきれず、薄目を開けてしまった。サンタさんの足元が見えた。だがサンタさんが足に履いていたのは、絵本でよく見るような赤いズボンでも黒のブーツでもなく、「普通のズボンと靴下」だった。廊下からの灯りで、ぼんやりとだが色や柄も判った。

「サンタさん着替えたのかな?」だが、どうしても違和感が残る。同じようなズボンや靴下をどこかで見た記憶があるのだ。それもごく最近。「なんで赤い洋服じゃないのかな?あれじゃお父さんの洋服と同じじゃん・・・ん!?」

私は気づいてしまった。サンタさんが履いていた靴下とズボンは、今日父が身に着けていたものとまったく同じだったことに。「お父さんが着ているような洋服」ではなく、それはそのまま「お父さんの洋服」だったのだ。

衝撃の事実、「サンタクロースの正体」に私は呆然としていた。また襖が閉まり、足音が聞こえなくなるのを待ってから起き上がって枕元を見ると、リボンが付いた箱が置かれてあった。枕元のスタンドの明かりをつけて箱を開けると、さまざまな色や形の「おはなのゆびわ」と髪につけるぱっちん留めのセットが入っていた。。嬉しかったが、衝撃のほうが大き過ぎて、しばらくボーっとしていた記憶がある。そして、自分がものすごく悪いことをしたような後ろめたい気持ちと。そして、なぜか胸の奥がキュッとした。

大人の秘密というか、事情というか、「子供の知らない世界」を覗いてしまった私は、それ以来「大人に対して妙に物分りのいい子供」になってしまった。「大人には『事情』があるんだなー」という感じで。

学校の先生や両親等、「大人の都合」で自分の期待を裏切られたり、約束を破られた時、猛然と食って掛かる友達や同級生を「まあまあ、先方さんにもそれなりの事情があるんだから」と思いながら見るようになった。ある種の大人からしたら、どこか冷めた可愛げのない子供として映っていたと思う。だが、すべてを知ってしまった後、たとえそれが「振り」であっても、「わーい!サンタさんありがとう!」と無邪気にはしゃげなくなってしまった。


翌年のクリスマスから、私はサンタクロースに手紙を書かなくなった。両親には何も言わなかったが、多分私の様子を見て、何か察したのだと思う。それ以来父も母も、「今年はサンタさんに何をお願いするの?」と聞かず、直接私に「プレゼントは何がいい?」と聞くようになった。

学生時代、バイト先でこの話をしたら、バイト仲間であるA君が、「同士よ!」と握手を求めてきた。彼は小学校1年生の時、自分と弟へのプレゼントが押入れに隠されているのを偶然に見つけてしまったらしい。その瞬間、咄嗟に思ったそうだ。「このことは絶対に親に言ってはいけない」

その上、人に気を使うタイプのA君は、小学校5年生まで親の前ではサンタクロースを信じている振りをしていたらしい。何とも涙ぐましいではないか。「俺、自分が親になったら絶対にあんな安易な場所にプレゼント隠さねーぞ!」と彼は力説していた。「子供も結構大変」なのだ。

20代のOLの時、職場の上司である某係長が、昼休みに目尻を下げて何やら読んでいた。「何ですかそれ?」「まあ見てやってよ (*´∇`*) 」渡されたのは子供の字で書かれた手紙だった。可愛い便箋に丁寧な字で、サンタさんへのお願いが書かれている。「お父さんとお母さんと妹と4人で遊べるゲームがほしいです」「今学校で流行っている○○をお願いします」「妹の○ちゃんは、△△をほしがっているので、プレゼントしてあげてください」等など。

「うわ~可愛い♪娘さんですか?」「そうなんだよ~可愛いだろ?(*´∇`*) 」「娘さんって何歳でしたっけ?」「小学校5年生」「え?まだサンタさんはOKですか?」「うん。まだ信じてるな。っていうか、俺は何とか小学校に通ってる間だけは、信じさせてやりたいと思ってるわけよ。だって一番夢を見ていられる時間じゃん?それを守ってやりたいと思ってさ(`・_・´) 」「係長!素敵!係長の子供になりたい!+.ヽ(≧▽≦)ノ.+」

その後、会社のイベントで係長の娘さん2人と会ったことがあるのだが、本当に素直で可愛い子達だった。「やっぱりああいうお父さんの下で育つと、こういう可愛い子供に育つのね」しみじみ思ったものだ。

その夜、家に帰って父にこの話をすると、思い出したように「そういえば、おまえは何歳までサンタクロース信じてたんだ?」と聞かれた。「んー、実はさ・・・」と例の6歳の時の話をすると、父は「へえー。でもそれは寝てないお前が悪いんだぞ( ̄ω ̄)b」と平然としている。係長の件もあり、「このオヤジ・・・(#゜Д゜)」 と癪に障ったので、「爆弾」を投下してやることにした。

「でもお父さん襖閉めた瞬間にくしゃみしたじゃん!あれですべてが台無しになったんだからね!(*`д´)b」

そうなのだ。サンタさんの足元を見た瞬間も、実は私はまだ半信半疑だったのだ。「なんかお父さんと同じ服着てる・・・」と変に思ったとしても、「そんなことないよ。あれは本物のサンタさんだよ」と強く言いくるめられれば、「なんかおかしい」と思ったとしても、多分「ふーん、そーなんだ」と大方納得できる余地はあった。

だが、普段から情緒の欠片もないすっとぼけた天然キャラの父は、肝心なその場面でも、いかんなくその天然っぷりっというか、ツメの甘さを見せつけてくれた。襖を閉めた瞬間に「ふえっくしょい!」と盛大なくしゃみをやらかしたのである。そのくしゃみを聞いた瞬間、まだ半信半疑だった私はすべてを知ったのだった・・・。

「そ、そうか~(; ゜∀゜)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \」「・・・(´-ω-`)」

世のお父さん・お母さん、くれぐれも最後まで気を抜かないでください。お子さんの「将来のやさぐれ度」は、あなた方に掛かっています!今宵の「サンタクロース大作戦」のミッション成功を祈ります! (`・ω・´) 

楽しいクリスマスになりますように♪


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虫愛づる姫君

 2009-09-03
先日所用で難波を歩いていた時、何やら歩道の一角に人だかりが出来ていた。「何?」と覗き込んでみると、カブトムシやクワガタが入ったケースがいくつも並べられている。「オオクワガタ 4000円」「カブトムシ3500円」段ボールの切れ端に黒いマジックで、それぞれの値段が書かれている。

かれこれ20年近く前のバブルの時代、東京都内のデパートでは、カブトムシやらクワガタやらが1万円前後の値段で売られていたこともあった。信じられないことに、そんなアホみたいな値段がついたカブトムシが飛ぶように売れていたのだ。バブルが弾けた今でこそだいぶ値崩れはしたものの、やはり結構な値段が付いている。

「クワガタほしい~」と孫にせがまれてお財布を出すどこぞのおじいちゃんを見て思った。「カブトとかクワガタは買うもんじゃなくて採ってくるもんでしょ!(`・ω・´)」


昔から、女の子の多くは虫が苦手―と相場は決まっている。小学生の時でも、窓から蛾が入ってきたりすると、キャーキャー大騒ぎして逃げ回るのは大抵女の子だったし、男の子が校庭の草むらから採ってきたカマキリとかバッタを頭の上に乗せられて、恐怖で固まっていた子もいた。

そういうリアクションを取る子というのは、なぜだかとても女の子らしく見える。か弱いというか、「守ってあげたい」的な保護欲をくすぐられる。同性の私から見てそう思うのだから、男の子などからしてみれば尚更可愛く思えるのではないだろうか。女としてのアドバンテージを取られたようで、ちょっと悔しかったりもする。

ある時同じクラスの男の子がやって来て「手出して」と言う。「うん」と言って手を出すと、校庭で見つけたらしいカミキリムシを手の平に乗せられた。

「カミキリムシだね~( ・ω・)」

「・・・なんで驚かないの?(´・ω・`)」

「・・・なんで驚かなきゃいけないの?( ・ω・)」

「もっと驚けよぉ~!!ヾ(*`Д´*)ノ」

「だって恐くないもん( ・ω・)」

「なんでだよお~!もっと驚けよ~!恐がれよ~!ヾ(*`Д´*)ノ」

「・・・(なんだこいつ?)??( ・ω・)??」

平安時代の短編物語集「堤中納言物語」に、毛虫が大好きな一風変わった、今でいう「毛虫オタク」のお姫様の話「虫愛づる姫君」があるが、平気で虫を触ったりするような女性は、やはり平安の昔から敬遠される傾向にあったのだ。女性に求められる要素というものは、今も昔もさほど変わっていないのかもしれない。

いろいろと知恵のついた今なら理解できる。全然怖くなくても「きゃ~こわ~い!(>ω<*)」と、男の子の喜ぶリアクションを即座に取れる。それもかなり上手く。(I君、あの時はごめん。あれから数十年経って、君が求めていたものがわかったよ ( ̄∀ ̄)b)


子供の頃から、虫を触るのは何ともない。1時間くらい庭にしゃがみ込んだまま、アリの行列をジーッと観ているような子供だった。高校2年の頃、顔に向かって飛んで来られて以来ゴキブリはNGだが、それ以外のほとんどの虫は大丈夫。特に虫好きという訳でもなかったのだが、小学生の頃は同い年の幼馴染みの男の子達と、よく虫捕りに行っていた。

今でも「夏休み」というと、カブトムシやクワガタ採りのことを思い出す。朝の5時頃、遊び場になっている近所の空き地に集合して、自転車で片道20分くらいかけて町外れにある雑木林に向かう。狙いをつけた木を2~3人くらいで揺すると、バラバラとカブトムシやクワガタが落ちてくるのだ。

虫かごがいっぱいになるまで採って一旦家に帰り、朝ご飯を食べて、採った虫を持って誰かの家に集合する。そこで互いのカブトやクワガタを交換し合ったり、相撲を取らせたりして遊んでいた。

その中で、私は「名人」と呼ばれていた。採る名人ではなく、「育てる名人」。特別なことは何もしないのだが、カブトムシやクワガタを幼虫から育てるのが得意だった。これがまた、どういうわけか、かなりの確率でちゃんと立派に育つのである。

家から車で20分ほどの所に、父の姉―伯母が住んでいた。その家の敷地内にある竹林の中に、なぜかいつも結構な量のおが屑が捨てられている場所があった。そこを掘ると・・・いるのだ。カブトムシやクワガタの幼虫が。多い時で20匹くらい、少ない時でも必ず5~6匹はいたのだが、それを家に持って帰って成虫になるまで育てるのである。

母などは「そんなに採ってきてどうするの?」と呆れ顔だったが、子供時代に虫捕りに熱中した口の父は、ノリノリで付き合ってくれた。ある時などは、縁側の横に「虫かご専用棚」を作ってくれたこともあった。そして成虫になったカブトムシやクワガタを、近所の虫捕り仲間に分けていた。だんだん育っていく様子を見ているのも面白かったし、友達が喜んでくれるのも嬉しかった。

OLの頃、通勤電車を待っていた地元の駅で、その頃の幼馴染み兼虫捕り仲間だった男の子と十数年ぶりに偶然再会した。「わあ!久しぶり!」と乗換駅までの20分、子供の頃の思い出話をしていたのだが、その時に彼が「そういえば、よくカブトとかクワガタもらったよね?あれは嬉しかったな~」」と懐かしそうに言っていた。

「あの雑木林ってまだあるのかな?」「いや、あの辺は全部住宅地になったはずだから。多分なくなってると思う」「そっかー。考えたらさ、あの時採ったやつ、売ればよかったね(笑)」「あ、俺も同じこと思った(笑)」

でも私達にとっては、やはりカブトムシやクワガタは「自分で採るもの」なのだ。早起きして、友達と長い距離を汗をかきながら自転車こいで、みんなで協力して、採ったものを分け合って―。ビルの谷間で、知らない誰かが採ってきたものをお金を出して買う―ということは、「なんか違う」のである。

最近では、男の子でも虫を嫌がって触りたがらない子が増えていると聞く。親が嫌がるものには、大抵子供も同じような反応を示すものだ。そういった意味では、自然を知らない大人が増えてきているのかもしれない。

何だかんだ言いながら、良き昭和の時代に子供らしい時間を過ごせた私は恵まれていたんだな~と、しみじみ思う夏の終わり、今日この頃。

たまに「ほら見て~♪」と、セミとかカマキリを平気で掴んでドン引きされることもあるけれど・・・ま、いっか♪

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